東京路地ランキング

文化遺産として残しておきたい路地をランキングしてみました

昭和の街に時空体験 (2014.1)

ポカポカ陽気だった今年の元旦、少し遠くまで散歩をしました。普段行かない街、初めて通る道を歩くと、とても新鮮で、空気もいつもと違うような気がします。偶然通りかかった場所に、建築中の家がありました。木製の軸壁が出来上がったところで正月休みに入ったようです。案内板を見ると、これからオーストラリア製のレンガをひとつずつ積みあげていくようです。以前外国でレンガ積み住宅に住んでいたことがありましたが、地震の多い日本ではムリだと思っていました。

しかし、最近の技術は、レンガにタテ筋とヨコ筋を配しながら躯体と金具で固定するため、耐震性にも優れているようです。レンガは年をとるほどに美しくセクシーになるし、自然との親和性もあって、それでいてメンテフリーなのですから、人間であれば理想ですね。またレンガ積み住宅に住んでみたくなりました。

そんなこともあって、急に住宅に対する興味がむくむくと湧いてきたものですから、小金井公園の「東京たてもの園」まで自転車で行ってきました。祝日だったこともあり、思いのほか、すごい人出でした。2万1千坪の敷地に、開園以来20年をかけて、30棟がやっと完成しました。すべての建物は、パーツに分けて、部材ごとに調査し、使えるものは使い、使えないものは復元したそうです。

なにしろ広いので、駆け足で回りましたが、結局時間が足りませんでした。そこで、たてもの園にある住宅の全景は、パンフでもネット検索でも見ることができるので、あえて省略し、また、建物も、気になるものだけを選んで撮りました。

ちょうど広場では、ボランティアの人たちが子供達に昔の遊びを教えていました。ベーゴマ、コマ回し、竹馬、羽根つき、凧あげ、輪回し。遊びに、古い新しいはありません。あるのは、面白いか面白くないかだけです。子供達は目を輝かして、真剣に、楽しそうに、遊んでいました。小さい頃、このほかにも、いろいろな遊びがありました。メンコ、石けり、おしくらまんじゅう、鬼ごっこ、かくれんぼ、缶けり、馬とび、木登り、チャンバラ、野球、ザリガニとり、はないちもんめ、ダルマさんがころんだ、けんけんぱ、ビー玉、おはじき、水鉄砲、ゴムとび、ドッジボール、フラフープ、ヘビとり、昆虫とり、けん玉、白墨で道路に絵描き、綾取り、お手玉、軍事将棋・・・。もっとあったでしょうが、思い出せません。いつも真剣勝負でした。遊びのほかにも、そろばん、お習字、学習塾もありました。もちろん勉強などしている時間はありません。とにかく毎日遊び疲れて爆睡していました。

今回も「この一枚」はありません。全部見て、時空体験をしてください。今年もこんな撮り方をしてみます。

rojist





これぞKing of Roji、すごい感動!こんな美しい路地はもう見られない。いつまでも残してほしい




「増田胃腸丸」の腸の字がいかにも痛そう。それにしても「焼酎味淋」ってどんな味?興味津々




昭和初期の荒物屋、丸二商店(神保町)。屋根上端部の柱やファサード部の青海波や網代の模様がおしゃれ




アルマイト鍋。今でも家にあるけど、なぜかなつかしい。子供でも知っていたツルマル印。ロングライフ商品のひとつ




白金台の大和屋本店(乾物屋)は1928年築。ドライフーズは災害時の非常食として重要さが増している




大学の授業風景みたい。よく見ると、みんな個性がある




1933年築の醤油店(白金)。側柱の腕木に桁を乗せた出桁造り。店先が前に張り出して立派にみえる




味噌の消費量が40年前から半減している。食生活の変化だけが原因とは思わない。変化への対応力の弱さも原因だろう




昔は計算ができればよかった。今はPOS機能や顧客情報管理は必須だし、電子マネー機能も必要だ。一種の秘密情報保存BOXみたい




これからの建物は、防火性・耐震性・断熱性が必須。その意味では土蔵は今こそ注目されるべきだろう




不忍池沿いにあった村上精華堂(化粧品屋)は1928年築。大福帳・黒電話・そろばんは、当時の商店の3点セットだった




文房具の武居三省堂は1927年築。隣家とくっついて地震に負けない。隣地境界との50cmルールなんて中途半端はやめたらいい




羊の毛だろうか、柔らかそうな筆。写真もそうだけど、道具に振り回されないようにしないとね。どう撮りたいかより、何を撮りたいかが先だと思う




1927年築の植村邸(新富町)は看板住宅の典型。1階部分の銅板には戦時中の爆弾の破片が突き刺さった痕が生々しい




寺社建築様式のような唐破風に風格がにじみ出ている。非日常世界への入口のようだ




大正から昭和にかけて東京の先進的な風呂屋さんが取りいれたタイル絵。ほとんどが九谷焼だそうだ




子供の頃、学校ではキログラムで、銭湯では貫目だった。不思議に両方とも受け入れていた。小学校の英語も同じじゃない?




新橋の街頭テレビ1台の前に1万人の群集が歓声をあげた。小さい力道山の空手チョップで大きなブラッシーやルーテーズが飛ぶのが不思議だった




下谷にあった江戸末期の酒問屋が戦後居酒屋に模様替え。1970年当時のしつらえだそうです。こんな居酒屋なら行ってもいいな




いつの頃か、リヤカーのある風景が東京の街から消えた。でも今こそ都心の配送はすべてリヤカーにすればいい。クロネコの、あの緑の台車のように




藁は万能だ。布団、笠、蓑、草履、俵、堆肥、燃料などなど。藁を編んだわらじは、五穀豊穣、家内安全、無病息災も祈願する




髪飾りも編めるし、




ウマだって編めちゃう




マスクひとつで、日本人の衛生観念や思いやりの気持ちがわかる。外国人から変な目で見られようと、堂々とマスクをしよう




遊びに古い新しいはない。面白ければハマる。それだけのこと




何でも一番になりたかった子供の頃。今の子供はどうだろう




昔の子供の誰もが一度はあこがれた運転手さん。13歳のハローワーク公式最新調査による人気職業ランキングでは82位。う~ん




小さい頃って、なんにでも好奇心が旺盛だった。歳をとっても、好奇心が旺盛なら、目はいつでも輝いている




「ALWAYS三丁目の夕日」の風景。上着の袖が洟垂れで黒光りしていればもっとよかったのに




路線バスは前乗りと後乗り、前払いと後払いの組み合わせがあって、わかりにくい。それくらいは統一できそうだけど




1910年築のデ・ラランデ邸(信濃町)は、2段勾配屋根と板貼り壁が特徴。木造は耐用年数が短いというけど、建て方や住み方で長持ちする




文京区西片の小出邸は1925年築。畳の匂いは好きだけど、花粉症とダニアレルギーになってから遠ざけている




開口部の断熱材は、樹脂サッシ+アルゴンガス入りの複層ガラスが現状最高のようだ。どこにカネをかけるか、それが問題だ




昭和のガラスは歪んでいるのが当たり前だった。そのほうが味がある。K4テレビなんて必要だろうか




すべての外国風が否定されていた戦時中に造られた前川邸(上大崎)。どこから部材を入手できたのだろう




壁に穴を開けるのは換気のためもあるけど、外を見たいという基本的欲求もある。でも外が隣家の壁や窓では欲求が失せる




1925年築の大川邸は、田園調布らしく、当時珍しい全室洋間のつくり。床下換気口のデザインもおしゃれ




もう映画でしかお目にかかれない磁石式電話機。手動で発電機を回して電話局につなぐ。オレオレ詐欺なんてなかった時代




寒い日、かじかむ手で、つるべ井戸から水を汲んで母屋に運ぶ。たいへんな仕事だった。水道の便利さを再認識しよう




寒くても暑くても、今年も春はやってくる。もう待ち切れないようだ

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