東京路地ランキング

文化遺産として残しておきたい路地をランキングしてみました

オモサンを走る。女、女、女 (2015.3)

マラソンはすでにブームという言葉を超越しました。あんなにシンドイことをする人が、800万人以上もいることに、正直驚いています。日本人にはマゾヒストが多いのでしょうか。国内で開催されているマラソン大会は、非公認の大会もカウントすれば、1500以上ともいわれていますから、毎日4ヶ所でマラソンが行われている計算になります。通行規制する側の警察官やボランティアもたいへんですが、規制される側の車両や歩行者もたいへんです。マラソンの日程を知っておかないと、おちおち道路も歩けません。

マラソンの頂点にあるのが東京マラソンだとすれば、有名ではないけれど、それ以上に楽しそうでユニークなマラソンが都内にあるというので行ってきました。日曜の朝早く、原宿駅から井の頭通りを経て代々木公園の野外音楽堂まで、女性たちの行列が続いていました。「渋谷・表参道 WOMEN’S RUN 2015」の参加者たちです。その数5000人。サポーターも含めれば、規模の大きさは相当なものです。女性たちの中を、もみ合い押し合いながら歩くのって、どうも落ち着きません。でも集合場所には、屋台がたくさんあるし、好き物の野郎カメラマンもいるので、安心しました。街中で女性を撮るのは憚られますが、こういう場所だと比較的自由に撮れるので、だんだん楽しくなってきました。

気楽な10km走なので、東京マラソンのように、ランナーもサポーターも、コスプレイヤーがたくさんいるのかな、面白いコスプレが撮れればいいな、くらいの気持ちでしたが、意外にも、みなさん本気モード全開です。コスプレイヤーなどほとんどおらず、本格的なウェアに身を包み、どこそこのランナー同好会みたいなチーム参加もたくさん見かけました。

優勝者は時速17km近く、60歳以上でも時速10kmを超えて走っている人がたくさんいます。それも、かなりのアップダウンの場所もあって、とてもじゃないですが、ご一緒したくありません。車が規制された表参道を見る機会はあまりありませんが、実際に見ると、すごいアップダウンです。この急坂を登ってきたランナーの息遣いに感動しました。♪走る 走る おれたち 流れるあせも そのままに♪。思わず口ずさんでいました。

ということで、あまりに速いので、1時間半くらいで、あっという間に終わってしまいました。走ったあとの女性たちの汗が光ってきれいでした。

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速く走ってもダメ、遅く歩いてもダメ。遅く走るか、速く歩くのがいいって。う~~ん、なんとかしよう




日曜朝の代々木公園は空気がおいしい。都心に住むなら、ここのそばがオススメ




マラソン大会のゲストに、なぜか荒川静香




大会ポスターを描いた女子大生。女には2つの顔があるんだって。もっとありそうだけど




「渋谷・表参道WOMEN'S RUN 2015」。ランナーの記念撮影が始まった




エグザイルみたいになってる頭、頭、頭。ストレッチが無料!女性は得だね




このストレッチは走った後にしないと。体が温まる前にやると筋を痛めるよ。なにごとも順番を間違えないように




マラソンにバナナって、いつからだったかな。なんかビジネスの匂いがしないでもない




子供に屋台のひとつひとつを説明していたパパ。子供の食いつきようは半端じゃなかった




5000人も走るんだから、外国人もたくさん。日本を楽しんでね




あちこちで記念撮影。モデル気分にさせられると、女性はほんとにかわいくなれる




スタート30分前の準備体操。男って恥ずかしがりやだから、こういうの苦手なんだよね




だんだん緊張してきたかな




他人と競う人もいれば、自分と競う人もいるのがマラソン。誰もが自分のペースで走ればいい




走る直前までぴっぴやってる。走ってるときも携帯してるんだ




わかりやすいな、この人




特設会場ではラジオ番組のナマ放送。有森裕子と隣は誰だっけ、TVで見たことある




だんだん気合が入ってきた




スタートラインに集合。なにしろ5000人だから、走り始めるまでに疲れそう




いよいよスタート。コスプレもなく、みんな本気モード。真剣な表情の女性は美しい




色とりどりのロングスパッツ。中にはスパッツが可哀相になる足もあるけど




これが延々と続く




表参道のアップダウンは想像以上にきつい。激しくハァハァしながら昇ってくる




1年でこの日だけ明治神宮の車道に歩行者が入れる。走っていれば普段でもいいのかな




この日、6県で2015の開花宣言。東京は翌日だった




もうすぐゴール。よくがんばった




「ボクも走りたいよ~」




タレントもがんばった。完走してほっとした顔に「イイネ」をあがよう




走り去った表参道は、いつもの顔に戻ったようだ




もうすぐ開店。ショーウインドウのファッションチェック




10時過ぎて、人も増えてきた




あっという間に終わってしまった女性たちの祭典。5000人の女性たちへ、LOVE FOREVER

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  1. 2015/03/29(日) 09:24:13|
  2. 渋谷区
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暗渠のすすめ (2015.3)

私は暗渠好きです。「あんきょ」という音の響きが面白いし、安らぎを与えてくれます。それに、ミステリーワールドのような漢字や平仮名で書いたときの柔らかさも好きです。

そういう私も、写真を始めるまでは、暗渠という言葉を知りませんでした。街撮りをしていると、微妙な地形の変化や、道路の下から聞こえてくる水の音に気づくようになります。明らかに普通の路地とは違う、くねくねした道が意外にたくさんあって、調べてみると小川や水路の上に蓋をしたり、埋め立てたりしているようです。

大阪が水の都とはよく言われていますが、実は、江戸期の東京も負けずに水の都でした。当時の物流の主役は水路だったので、小名木川に代表されるような人工の水路を造ったりして、江戸の中心部に物資を運んでいました。ところが、明治に入り、鉄道や車両が実用化されてからは、物流の主役が陸路に変わり、河川や掘割や水路がどんどん消えていったのです。

一方、武蔵野台地に水源を持つ数百の中小河川が網の目のようになっていて、少しでも低い場所を見つけて流れ、他の水流と一緒になり、あるいは分かれ、さらに流れて、東京湾に流れ込んでいました。それも、大正末期頃から、都内の人口増加が始まり、東京郊外も急速に宅地化されていきました。土地が足りなくなったからです。戦後の高度成長や東京オリンピックが、それに拍車をかけました。そんな事情から、都内に張り巡らされていた多くの中小河川や水路が消えていったようです。

防災上の理由もあって、今後ますます消えていく路地を記録に残そうとして始めた写真ですが、路地を撮っていると必ず出会うのが暗渠です。今回はその暗渠だけをピックアップしてアルバムにしてみました。

暗渠をたどって水源まで行ってみるって、すごいロマンを感じます。途中で道が途切れてしまったり、建物で遮られてしまったり、その続きの道を探すのに、ずいぶんと苦労したことが思い出されます。それだけに、見つけたときの喜びは何物にも変えられませんし、水源を見つけたときは喜びを通り越して、ただただボーッと立ちつくしてしまいます。周りから見れば危ないおじさんです。


あなたも、こんなミステリアスな小さな旅をしてみませんか。

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新宿御苑の脇、玉川上水の余水を渋谷川に落とす水路跡。せせらぎの音が聞こえるか耳を澄ませてみよう




外苑西通りから少し入ったところ。余水路はこの下を通って南に流れていた。煉瓦壁の上は中央線、その向こうに国立競技場がある




玉川上水の暗渠にかかる三字橋。80年以上経っても欄干が立派に残っている




幡ヶ谷台地を流れる和泉川の暗渠には橋梁の跡がたくさんあって昔に思いを馳せることができる




こちらは村木橋。橋らしい雰囲気が残っていて、いい感じ




新宿西口公園のすぐ裏、十二社通りの脇にあった大池跡。地形が物語る




渋谷センター街の朝は醜悪だ。この通りを歩く人のほとんどは、そこが宇田川の暗渠だということを知らない




渋谷センター街を代々木八幡に向かう。暗渠の道いっぱいに広がるマンホール。下はごーごーと水の音がしていた




宇田川暗渠が井の頭通りを超えたところで枝分かれ。右を行くと河骨川の暗渠




宇田川本流を左に行くと、支流の初台川がある。初台橋のあたりは、もっとも暗渠らしい景色がある




初台川の河岸跡だろうか、代々木八幡駅の周りにはいくつもの川の流れが集まってきている




道端に名残を残す河岸の石積み跡。こういうのを見つけながら歩くのも楽しい




こちらは河骨川暗渠の河岸。石組み跡が残っている




トンネル下は、渋谷川の暗渠。手前を向かって左行くと、渋谷駅の南に川が顔をだす




その昔、渋谷がたくさんの川が合流する谷底だったことを思い起こさせる急坂




表参道を横切って流れる渋谷川の暗渠。ストリートファッションのメッカになっていた




くねくねと続く谷中よみせ通りは藍染川の暗渠。延命地蔵尊は、人間が欲するもの全部をかなえてくれるとあるが・・・




八丁堀跡の緑地。川筋をたどる旅にでてみたが・・・




八丁堀の旅は、わずか800mで終わり。手前から流れてきて、今はなき京橋川と楓川に、この地点で合流していた




ほとんどの高速道路は川を潰して作っている。この浜町川もそう




銀座五丁目。三原橋に行けば戦後の瓦礫処理のため埋め立てられた三十間掘川の名残が見られる




千葉道場といえばお玉が池。神田岩本町あたり、不忍池より大きかった記録があるものの、今は水溜りもない




高円寺近く、環七から階段を降りたら長~い暗渠が続いていた




中央線の南に沿って流れる桃園川暗渠。その周辺には、どぶ板で塞がれた小さな暗渠がたくさんある




暗渠部分を除いて舗装した理由がわからない。先のほうには配水管が見える




妙法寺川(杉並区)に流れ込む支流の暗渠。道路なのか敷地の一部なのかよくわからないところが多い




井草川(杉並区)は、岸壁だけが残っていた




京王線に沿って、神田川と玉川上水が平行して流れている。この辺り、神田川の支流がたくさんある。ドブじゃないよ。信じるか信じないかは、あなた次第




これも神田川の支流。たくさんのマンホールを見つけたらピッタンコかんかん。これだけマンホールが多いと、ケンケンパができる




環七姥ヶ橋陸橋(北区)から急階段を下りると空気が湿っぽくなる。そして稲付川の暗渠が始まる




板橋区赤塚には、路地だけの5差路がある。マンホールから水音が聞こえるので、おそらく何本かは暗渠なのだろう


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  1. 2015/03/18(水) 11:09:15|
  2. 都下、その他
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東京大空襲 (2015.3)

ちょうど70年前の3月10日、東京は焦土になりました。サイパンを飛び立った300機のB29爆撃機は、未明に低空飛行で東京下町に来襲し、雨あられと焼夷弾を落としました。無差別に。火災旋風が吹き荒れて、わずか2時間半で10万人の命が奪われました。焼失家屋約27万戸、被災者100万人。東京には、こういう爆撃が、敗戦の日まで、130回も絶え間なく続いたといいます。

市民を戦争に巻き込んではならないという戦争ルールがありましたが、まずナチスドイツと日本がこれを破りました。ホロコーストであり、南京での虐殺がそれです。続いて、イギリスがドイツの敗北が決定的になった後のドイツ・ドレスデンで無差別爆撃を加え、3万人の市民が犠牲になりました。市民を恐怖に陥れて士気を挫くことが目的であったと記録に残っています。その同じ目的で、アメリカが日本に対しても同じことをしたわけです。そして、原子爆弾・・・・。

戦争にはルールなど存在しえないことの証左です。しかし、戦後の東京裁判で、日本軍が行った虐殺が「人道に反する行為」であったとされましたが、英米による無差別爆撃は「人道に反する行為」とはされませんでした。人類の歴史は勝者によってのみ作られているからです。歴史を学ぶときは、そういう事実を忘れてはいけないと思います。

「東京大空襲から70年」という新聞記事を見て、墨田区を歩いてみました。一番被害が多かった地域だからです。すみだ郷土文化資料館には企画展が、墨田区役所には手作りモニュメントが飾られていました。戦禍にあった二葉小学校や、以前行ったことのある横網公園の復興記念館にも足を運びました。筆舌に尽くしがたい無残な光景の数々に向き合っていると、息苦しくなってきて。呼吸を忘れていたことに後で気がつきました。

戦争体験者が、だんだんと少なくなっています。吉永小百合さんが「戦後何年!という言い方が…ずっーと続いて欲しい!」と言っています。悲劇を風化させないために。

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なお、掲載した絵画はすみだ郷土文化資料館の所蔵、写真は復興記念館の所蔵です。




すみだ郷土文化資料館で東京大空襲の展示会が開かれていた




東京への空襲は130回を数えた。戦争ルールを無視した、無差別絨毯爆撃の是非も不問にふされた。何もなかったように




東京だけでなく、全国66都市がB29の標的にされた。地図から日本を消すために




3月10日未明、隣町が燃えて、たくさんの人たちが本所の二葉国民学校(当時)に難を逃れた




そこに火災旋風が吹いてきて、この惨状に




現在の二葉小学校にはモニュメントが見当たらない。戦争の傷跡を残したい人もいれば、忘れたい人もいる




言問橋の炎上。ここで家族全員を亡くした人の鬼気迫る絵。その日の記憶、消したくても消せない。その日の火災のように




へその緒で結ばれたまま天国に行った母子。今度は一緒に平和な世の中に生まれてこようね




燃えてしまった我が子を前に、ただ呆然と立ち尽くす身重の母




焼夷弾の熱に追われて川に飛び込んだ人たちがみんな死んだ。私でもそうしていただろう




遺体で埋め尽くされた大横川。遺体を人間らしく描けないほど黒こげになった




B29によって焦土と化した東京の街。米国の資料によってのみ、この惨状を知ることができる皮肉を嗤う




大空襲から9日目の浅草。絶望の縁から落ちない日本人ってすごい!




銀座方面が爆撃された瞬間。明日になれば、すべてが焼け野が原になる




浅草から隅田川をはさんで江東区まで、ず~~~~~~と、なんにもなくなってしまった




焼けた痕は、鉄だか人間だかわからないくらい、こんな塊になった




親子が一緒に・・・。慰めにもならない




横網公園のモニュメント。斜面の花は命を象徴している




すみだ区役所の大壁に「平和祈る翼」。東京大空襲から70年の今年もまた。風化させてはならない惨禍だから




近寄ってみたら小さな折鶴で作ったオブジェだった




千羽どころか9万羽もいる。祈りの強さを感じる。なのに、簡単に他人の命を奪う人が増えている。ただただ悲しい




ハトじいさんはどこにでもいる。自分に寄ってくる人が少なくなると、動物が好きになるのだろう。先日「孤独の価値」という本を読んでみた




なに不自由なく好きなことをやれる、そんな人生なら30年で死んでもいい




吾妻橋に戻ってきた。自撮りしている人のカメラで記念撮影の観光客。意味わからない




覗き穴があると、どうしても覗きたくなる気持ちって、異常?それとも正常




意味不明のオブジェがいたる所にある。意味を考えるのも面倒だし、意味を説明されたくもない。ただ、在る、だけでいいのかも




長いもの、高いものを撮るって、けっこう難しい。枠に収めようとすること自体が間違いなのだろう




人力車夫もイケメンじゃないと客がつかない。イケメンというだけで得することって多い。これも格差?格差嫌いな人はなんでも格差に結び付けてしまう




歩き疲れたら、浅草駅前の、あのバーで一休み


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  1. 2015/03/06(金) 09:44:07|
  2. 墨田区
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