ロジストの路地街めぐり

路地にうごめく森羅万象に寄り添ってみたい。

水ぬるむ。崖線に沿って (2014.4)

崖線に興味をもったのは、恥ずかしながら、わずか2年前くらいです。ちょうど写真を始めてすぐ。ぶらぶらと街撮りしながら、どうして東京って、こんなに山坂が多いんだろうという疑問がわいてきました。

東京で生まれて、いままた東京に住んでいるのですから、なにをいまさらっていう感じです。平地に住むことが多かったから、地形に鈍感になっていたのかもしれません。また、山の下から上まで建物が密集していることも、自然の地形をわかりにくくしているのかもしれません。

特に山坂の多いのが山手線の内側です。ここにはローマと同じ、7つの丘があります。北から南に、「上野台地」「本郷台地」「小石川・目白台地」「牛込台地」「四谷・麹町台地」「赤坂・麻布台地」「芝・白金台地」です。その間を縫うように谷地が走っています。

丘の端では急峻な崖を目にすることがあります。特徴的な場所として、たとえば、山手線の上野・田端間。線路に沿って、4kmくらい、赤壁のような長大な崖が続きます。田端駅を横切る切通しの下に立てばその高さは感動ものです。根津神社から湯島天神を通って神田明神に至る、神社をつなぐ2.5kmの崖も印象的です。椿山荘のすぐ西、胸付坂に代表される目白台地の崖や、神楽坂を上った牛込台地にある赤城神社から西側の崖や、麻布台1丁目の山から落合坂までの、息を呑むほどの高低差などを前にすると、起伏の激しさに呆然としてしまいます。

実は今回は、国分寺崖線に沿ってポタリングをしてきたのですが、前置きの崖の話が長くなりました。ご容赦ください。国分寺崖線は、多摩川が古来からの侵食作用で出来た崖地の連なりですが、等々力渓谷の先まで、標高差20mくらいの崖が約30kmも続きます。スケールの大きさは山手線内側の崖とは比べるまでもありません。崖の下の湧水群や湿地の動植物など、都会化が進む東京においては、自然の宝庫として貴重な存在になっています。

西国分寺駅から南に坂を下ったところに武蔵国分寺跡があります。武蔵国は東京の古称です。武蔵の国を睥睨するスカイツリーが634m(ムサシ)にこだわったのも、よくわかります。しかし、天平の昔は、武蔵国の政治の中心は国府(現在の府中)であり、宗教的中心は国分寺でした。まさに東京の中心はここにあったのです。周辺はまだ発掘が続いていて、興味や知識がなければ、ただの野原に見えます。近くまで住宅街が迫っていて、ここにも開発と保存のせめぎあいの様子が見て取れました。

国分寺楼門のすぐ後ろの崖下に「お鷹の道」という、人ひとりしか通れない道があります。その横を流れる小川に湧水が流れ込んでいるので、びっくりするほどの透明度です。それにしても、崖線の傾斜は50度以上はありそうなのに、住宅がびっしりとへばりついているのには正直驚きました。崖の上につながる階段を、買い物袋で一杯になった自転車を、ふらふらしながら押し上げているおばさんがいました。都心の崖でも同じ光景を見たことがあります。防災上問題があることは言われなくてもわかっているのです。でも、崖の生活は今日も続いています。

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東西1.5キロ、南北1キロの壮大な武蔵国分寺跡発掘現場。開発と保存のせめぎあいが熱い。今のところ開発が優勢か




8世紀に作られた「東山道武蔵路」がこの下に保存されている。幅12m、側溝もあった。心は天平の時代に飛ぶ




車と人間には、それぞれに心地よい道がある。両立はできない。道路計画の基本哲学として取り入れてほしい




ダンプの通る道端に咲く花もあれば、遊歩道に咲く花もある。「置かれた場所で咲きなさい」という言葉が頭に浮かぶ




尼坊跡。このまま保存は難しいから、いっそ復元したらどうだろう。座禅体験道場なんていいかも




国分寺金堂跡。世界中どこでも愛を叫べると思っていたけど、国分寺の中心は、愛は叫べる雰囲気じゃない




国分寺楼門。帰宅後遊び派と寄り道遊び派に分かれる。習性は大人になっても変わらないと思う




風水では白い花がたくさんあると金運がダウンするという。そういえば、我が家の庭には白い花ばかりある




真姿の池は心が洗われる。すべての思考は「脳」が司るのが常識の現代にあっても、「心」の役割はますます大きくなるばかり




お鷹の道の湧水。PLフィルターがまったく用をなさないほど透明だ。でも、生きていくうえでの「透明」はきついかも




湧水の小川は子ども達の遊び場。大人だってほんとは水遊びしたい。だけど何かが邪魔してる




さすがに崖線にへばりつく家は違う。玄関まではエレベーターに乗って行く




こんな家も。毎日がボルダリングみたい。足腰に障害のある人には薦められないが、丈夫な人なら予防策になる




崖線にはこんな場所もある。最初は、自ら駆け上がり、駆け下り、次に、自転車を引き上げ、引き下げてみた。結論、住みたくない




先が見えない人生。先が見えたら、どんなにスッキリするだろう。でも見えたら見えたで怖い気がする




5ヶ所から流れ込む湧水池。幽水池の雰囲気。東京経済大学の構内にある。「まむしに注意」の看板があちこちに




自転車を脇に抱えて山道を下ったら、貫井神社に。今日一番疲れた




「♪大きい真鯉はお父さん、小さい緋鯉は子供たち」。歌詞にお母さん鯉はでてこない。お母さんは女子会に行ってるんだって



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  1. 2014/04/24(木) 13:51:53|
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横浜山手をぼちっと (2014.4)

墓地が観光スポットなんて、考えてみればおかしな話です。でも、実際に、桜の咲く頃になると、ソメイヨシノの本家、染井にしろ、青山にしろ、雑司が谷にしろ、多摩にしろ、たくさんの人が墓地に花見に来ます。なぜ墓地に桜の木が多いのかは、知りません。前回のブログで、「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と書きましたが、そうか、だから墓地には桜が多いのか、と短絡的に考えたものの、違う、違う、日本は火葬だから墓地に屍体は埋まっていません。

しかしです。日本にある外国人墓地では、キリスト教にしろ、イスラム教にしろ、いまだに土葬されていることが多いらしいのです。外国人墓地の多くが一般公開されていないのは、いつまでも悪臭がするから、悪評が立つのを避けるためかもしれません。そういう事情もあって、屍体はかなり深く埋めますが、最近の屍体は骨になりにくいといいます。それは、ほとんどの食品に含まれている合成保存料が白骨化を遅らせているという事情があるそうです。

ということで、今回は横浜山手の外国人墓地です。用事で横浜に行きましたので、ほんのついでです。ですから、元町・中華街駅からすぐの坂道を墓地に沿って上り、ちょっと洋館に寄り道をして、カトリック教会から山を下って、お店を冷やかしながら元町商店街をだらだら歩きして駅まで戻りました。

とにかく、時間が限られていましたので、通りすがりにパチっといったところです。この周辺は、港の見える丘公園もありますし、見るべき洋館もたくさんありますから、じっくりと見て回るのは、またの機会にします。

山手の墓地ができて150年以上が経ちます。日本に貢献した人、志半ばで逝った人、犠牲になった人、日本が好きだった人、嫌いだった人、などなど4000人以上が眠っています。無縁墓も多いといいます。異国に住むということは、観光で立ち寄ったのとはわけが違います。大きな喜びも、深い悲しみも、住んでみなければ体験できません。彼らが、日本でどんな生活をしていたのか、どんなことを感じていたのか、興味が尽きません。そんなことを考えながら撮ってみました。

お土産に買った、元町・喜久屋の名品ラムボールは、期待以上に絶品でした。

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横浜山手の地理感がもうひとつなので、地図で確認。お金持ちがなぜ不便な山の上に住みたがるのか、理由がわからない




墓地を見守るマリアさまに後光が?あれっ、毛がはえている?もっとエステしてやってほしい




ザビエルが布教のために鹿児島に来たとき、島津家の丸に十字の家紋を見て驚いたそうな




シンボルとしての十字架の偉大さには驚かされる。十字架を凌駕するシンボルを見てみたい。ハートマークはどうだろう




西欧文化を何でも受け入れてきた日本に、キリスト教は広まらない。十字架のアクセサリーが人気だからいいんじゃない




外国人墓地には、きれいな花が咲く。なぜなら、その下には土葬された屍体が眠っているから。栄養が十分行き渡っている




桜の季節、山手の外人墓地だけでなく、都内の大きな墓地はどこも、花見客でいっぱい。墓地が生き返る季節




犬と人間の自動翻訳機ができたらノーベル賞だろうか。でも言葉よりテレパシーでの交流のほうが高度だと思う




立ち飲み女子は当たり前なのに、フルーツパーラー男子はいない。男はワッフルみたいに、自分を型にはめたがるから




振り返れば、自分の人生、ずっとつぼみのままと思う人がいる。でもつぼみ人生だからこそ、一生楽しい夢を見続けられる




山手地区の景観に、なくてはならない洋館。歴史保存は案内板ひとつでは意味がないことは明らかだ




疲れ目、かすみ目、視力低下、視野欠損、複視、幻覚。美しいものが美しく見れなくなるのは、ある意味死ぬより辛い




外国では教会は街の中心にある。心の中心でもある。日本の街の中心には何があるだろう

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  1. 2014/04/17(木) 22:35:05|
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桜の花びら散るたびに・・・ (2014.4)

『桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ』。これは梶井基次郎の代表作、「檸檬・ある心の風景」の冒頭の文章です。

あまりに美しいものを見ると、まず、本能的に思わず「わぁ、きれい」と言ってしまいます。そのあとは、しばらく言葉にならないものです。時々、固まったまま、ため息をつく人もいます。でも次第に、「この美しさってなんだろう、信じられない、どこからこの美しさがくるんだろう」みたいな、少し冷静な気持ちがわいてきます。問題はそのあとです。解答が見つからず、面倒になって、思考停止に陥る人がほとんどです。でも、なかには、桜の花びらには、特殊な分泌腺があって、人が集まっているときの熱を感じると、強烈なフェロモンを放出するから、それで普段おとなしい人でも、ハイテンションになってしまうという見方はあるでしょう。なかには、桜の花には、モルヒネのような成分が含まれていて、花の下にいると、軽い中毒症状になるという見方もあるでしょう。

なかには、美しさを通り過ぎて、かえって、恐ろしさを感じる人もいるでしょう。梶井基次郎の感じ方もそれかもしれません。桜の花はもともとは、真っ白なのに、妖しくほの赤くなるのは、おそらく、樹の下に屍体が埋まっていて、樹の根が屍体の血を吸い上げていって、それで、花が妖しい赤味を帯びる、という見方です。それも、毎日、微量の血を吸い続け、血が枯れたときに、花も散ってしまいます。この説が正しいとするならば、桜が開花する前に、誰かが屍体を桜並木の下に埋めて廻っているのでしょうか。それとも、樹の下に細い管が通っていて、そう、毛細血管のような。そこに桜の季節になると、誰かが血の成分を流している、みたいな。

今年も、あっという間に、桜の花が散り始めました。このあっという間というのが曲者なんです。美しいものが、あっという間に散ってしまうなんて、悲しすぎる、焦る、許せない。だから、諸説紛々となるのは仕方ありません。

桜花爛漫を写真に撮る人はいくらでもいますから、面白くありません。桜は散るときにこそ、命の燃える様を感じることができます。そうです。桜の花びらが散るたびに、輪廻を実感するのです。

今回は、井の頭公園から五日市街道を東に、善福寺川緑地公園までの自転車散歩でした。散る桜を撮ったのに、なぜかパワーを授かったような気分になりました。

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これぞ花吹雪!そこの人、花粉症にならないように気をつけて




紙吹雪じゃない、ホンモノだ。ぼたん雪みたいに降ってくる。なんか寒くなってきた




4歳くらいの頃、近所の建築現場で紅白まんじゅうをもらった。人生初の紅白体験だった




あのとき、私がちょっと我慢すれば、今日は、楽しい宴席になったはず・・・




桜の下では会話はいらない。早く通り過ぎよう。木の下に死体が埋まっているかもしれないから




花筏の妖しい香りと美しさに誘惑されて、足を乗せた人。あの人は、今どうなっているんだろう




そういえば、ほんのひと月前には、薄氷が張っていたよね




池の端会議たけなわ。おばさんには、「花よりおしゃべり」が糧になる




「来年もまた花見に来れるように頑張らなきゃ」。生きる目標なんて、そこらじゅうにあるもんだ




歴史の長さを知れば、人間界なんて、天国と地獄より、ずっとちっぽけで薄っぺらい




カモは水の中より、ほんとうは、陸地のほうが好きなんだろうか




いくら「時代は中性だよ」なんて言っても、夫が突然中性フェチになったら、おしどり夫婦と呼べなくなっちゃう




仲間が集まるのが先か、シートが花びらで埋まってしまうのが先か




桜のじゅうたんを自転車に乗って走るなんて、そんな野暮なことはできないよね、おばあちゃん




ちょっとした好奇心があれば、そこらじゅうで、春のトリコロールを見つけることができる




「私の手じゃ、小さくて花びらを拾えないよ。おばあちゃん、やってみて」




桜の木の下には、それぞれの花見がある




桜の花びらを入れてかき混ぜると、粘性の強い水になるみたい




大人たちには花見の季節でも、子どもたちには春休みの季節。花があってもなくても関係ない




桜の海に桜の浜、桜の山に桜の森。東北にも、桜の札所・八十八ヵ所がある。まだ間に合うから行ってみようよ




おしゃれな男の子。きっと母親もおしゃれだろう。周りを探したけど、並の母親ばかりだった




小さいときはすごく高かったてっぺんも、今は3歩で登れる。小さいから面白いことって、たくさんある




水墨画に見えなくもない。落ちた花びらが、また新しい命をもらった




こちらは襖絵のイメージ。桜は明るい場所より薄暗い場所が似合う




現在の豊さは将来の豊かさを保証するものではない。「桜の園」のラネーフスカヤを反面教師にしよう




大嫌いな絵葉書風になってしまった。一枚くらいしかたない。記念としてなら




水曜日午後2時。最高のひととき




橋も満員。落ちなきゃいいけど。忙しかった花見も、もう お・わ・り・

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  1. 2014/04/09(水) 12:33:21|
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ママデモ (2014.4)

ある新聞に「ママがデモを変える」の見出しがありました。3月23日(日)の夕方、ママたちが渋谷でデモをします。関心が低いと言われる若者層に訴えたいと、渋谷を選んだそうです。言いだしっぺのシングルマザーは、「大震災のあと、原発事故で福島の人たちが苦しんでいるのに、東京では、ひとごとのように受け止められているのがおかしいと感じたのがきっかけです」「何かを主張するのは悪いことのように感じていたけど、ただ待っていても国は子どもを守ってくれない。ならば、母親の私が動かなきゃと思った」と言います。

どんなデモになるのか、好奇心もあって、渋谷に行ってきました。宮下公園では、主催者の女性達が勢ぞろいしてスピーチをしていました。周りをむさい男どもが固めていました。やっぱり、でした。でもプラカードやのぼりには「平和」「LOVE」などゆる~いスローガンが並び、「打倒○○」といった汗臭い言葉がありません。海外にも伝えたいと、外国語のプラカードも用意されていました。でも、脱原発をアピールしていると思いきや、ファシズム・TPP・集団的自衛権・特定秘密保護法・戦争の反対など、種々雑多でまとまりがありません。脱原発に絞って初志貫徹したほうが、わかりやすくてよかったのではないかと思いました。

デモ自体は宮下公園の周囲を1時間ほどかけて歩いただけ。子どもや年寄りもいたので、ゆっくりと、大声を張り上げることもありません。警察官もスタンバイしていましたが、気づかない通行人もいたくらいです。スクランブル交差点も通りましたが、一般人の歩くスピードが何倍も速くて、かえって邪魔になっていました。

事前に新聞で取り上げられたわりには、たいした盛り上がりもなく、デモ隊よりもカメラマンのほうが目立っていたくらいです。今回のデモが与えたインパクトはゼロに等しいと言わざるをえませんが、女性が気軽に参加できる、新しい形の社会行動のひとつとしては今後注目されるべきでしょう。どうせやるのなら、歌やダンスやファッションなどのパフォーマンスがあれば、もっと動員数も増えると思うのですが。

脱原発に関連して、太陽光発電についてひとこと。太陽光がまったくロスなく、発電に利用できるとすれば、地球が受ける太陽光1時間分で、世界全体が使う年間消費量をまかなうことができる、といわれています。それに近いことが可能になれば、原発や化石エネルギーに依存する必要はありません。ただ、まだ太陽光をエネルギーとして取り入れる効率が悪いことと、蓄電技術が実用化されていないことが課題になっています。反対にいえば、これらの課題が解決されれば、世界中が一気に太陽光発電に切り替わっていくはずです。理屈の上では。

この太陽光発電をリードしてきた日本企業でしたが、いつの間にか、ずいぶん遅れをとってしまいました。なぜ日本では太陽光発電が進まないのでしょうか。進んでは困る人がいるからかもしれません。

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世の中に平和が嫌いな人はほとんどいない。平和は好きだけど、あの国は許せないという人の多いことが問題になる




平和が好きと言うだけでは、平和は訪れない。平和を希求するばかりに戦争することもある。安倍首相の「積極的平和主義」も、「平和」の文字がある。「平和」とは何か。考えなければいけない




外人ママたちも応援にきた。どこかのサッカー場みたいに「no japanese」の垂れ幕もなかったからね




東京の住人の多くにとって原発はもはや遠い国の遠い昔の話になっている。他人の命より自分の便利がだいじな人が多いから




原発といえばどこにでも出てくる、お騒がせ議員、山本太郎。右翼も左翼も、実はこういう激情型が一番やっかいなんだ




面白いところに連れてくって言うからついてきたのに




早く帰ろうよ~




海外の人にも伝わるように、外国語のプラカードが目立ったけど、残念ながら後日ネット検索しても英語記事はなかった




太陽光発電では先頭を走っていたはずの日本。いまどこ走ってんの?




そこらじゅうで「LOVE」が安売りされている。LOVEや愛を繰り返し言われると人は騙されやすくなるという。モルヒネ効果があるのかも




微量の放射能より、紫外線や脂肪分の過剰摂取のほうがよっぽど健康リスクが高いのになあ




子供達は全員マスク着用でデモ行進。海外メディアに異常さをPRするには有効かも。確かに異常な光景にみえる




さあ、出発!普通のデモには当たり前の、「反対」や「打倒」の文字がない、ゆる~いデモ




SUSTAINABLE(持続可能な)だと愛されるって、どゆこと?女性に意味や整合性を追求してはいけない。そういう生物なんだから




日本人の心をアンダーコントロールするのだって、そんなに難しいことじゃない。もうコントロールされているかもよ




あれ、仮面舞踏会みたいのが現れた。タンバリンの音に合わせて踊ってる




ママたちだけのデモだと思っていたら、デモは裏で男どもが差配していたし、デモにも参加していた。やっぱり女だけじゃないんだ




トラブルの多い韓国の原発、ひとたび事故が起これば、海でつながっている日本もただじゃすまない




「経済」と「命」を二項対立させるのは間違っている。経済が破綻しては命は守れない。二項対立は、人間の思考力を衰えさせる




先日の東京マラソンでもそうだったが、最近の日本人はなぜ人前にでるときに仮装するようになったのか




国民のために国家があるのが民主主義、国家のために国民があるのが独裁主義(ファシズム)。マスコミが権力に寄り添い始めたときが危ない兆し




渋谷の繁華街に繰り出した。デモに見えないところがいいのか、わるいのか。シュプレヒコールも優しい




武蔵野で毎年やってる、ウォーキングフェスタみたい。気づいていないマチビトも多い




3~400人くらいはいただろうか。こんな感じでとぼとぼとぼとぼ




また出た、「愛」。もしかしてだけど、もしかしてだけど、オレたち男どもは、女どもの愛の対象からとっくに外れてんじゃないの?




突然のママデモに、シブギャルたちがびっくり。「なにあれ、カワイイ」。ほんとになんでも「カワイイ」って言うんだ




今回のデモ、この人たちに気づいてもらうにはちょっと難しかったかも。渋谷で目立つには、やっぱり、歌・ダンス・奇抜なファッションが必要かも

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  1. 2014/04/03(木) 09:10:12|
  2. 渋谷区
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東京生まれ東京育ちなのに、知らない東京ばかり。ヒマだし、カメラ買ったし、ボチボチぶらぶら散歩してみようかな。気が向いたときに。

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