ロジストの路地街めぐり

路地にうごめく森羅万象に寄り添ってみたい。

かいぼりが大ニュースになった (2014.1)

2017年に開園100年を迎える井の頭公園では、1月18日から井の頭池の「かいぼり」が始まっています。「かいぼり」というのは、池の水を抜いて、底を天日干しすることですが、そうすることで、汚染の原因であるチッソが地中の深い層に閉じ込められ、リンも水中に溶けにくくなって、水質が浄化されるそうです。また、この機会に、すでに95%にも達しているといわれるブラックバスなどの外来魚を駆除します。今回は、弁天池を除く、3つの池でやっています。

「かいぼり」のことをニュースで知って、21日に出かけてきました。池の水をポンプで吸い上げて、神田川に流していました。水位がちょっと低いだけで、景色ってずいぶん違うものです。七井橋(池の真ん中を横断する橋)まで来ると、すごい人だかりでした。市の職員が、池の中から泥だらけの自転車を引き上げています。数十台はありそうです。おそらく、園内に駐輪してあった自転車が池に捨てられたのでしょう。バイクやスクーターまであります。全部で200台以上になるとの話です。むしゃくしゃしてやったのか、愉快犯なのか、酔ったノリでやったのか、廃棄場所に困ってやったのか、とにかくひどいものです。最低な奴がたくさんいるというのも変ですが、下品極まれりです。

23日にも出かけました。さらに水位が低くなったので、水鳥が泳ぎにくそうです。七井橋の下には、まだたくさんの自転車が水面から顔を出していました。26日には、池の水がすべて抜ける予定というので、またまた出かけました。この日には、延べ200人以上の市民ボランティアで構成された、「おさかなレスキュー隊」が、泥まみれになりながら、池の底で魚を捕っていました。このレスキュー隊、応募者が殺到し、抽選で選んだそうです。純粋な郷土愛で参加した人もいるでしょうし、興味本位で参加した人もいるでしょう。いずれにしても、池の底から眺める景色など、めったに見られませんから、知っていれば応募したのにと、うらやましく思いました。

かいぼりは人間でいえば人工透析。血管壁にこびりつくプラークはヘドロ、がん細胞やウイルスは外来魚、100年もすればボロボロになるのは当たり前です。かいぼりにかかる費用はばかにならないでしょうが、福島の第一原発の廃炉費用とくらべたら、タダみたいなものです。

このあとは、2月15・22日に、干上がった池の底を歩いて、地形や生き物を観察するイベントが予定されています。3月下旬には水を元に戻すことになるので、そのときはまたあらためて現場検証してみます。

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血管みたいなホースの中を、すごい勢いで水が流れている。高血圧?




かいぼりにはおカネがかかるけど、それで水がきれいになって、みんなハッピーになるなら、それはいいおカネの使い方だと思う




さあ、このホース、どこまで続いているのか




池の端にある小さなプールから、神田川に流される。1日6千トン。よく氾濫しないもんだ




一番早く水が抜けたひょうたん池




井の頭池から神田川にでたところ。かいぼりの間、一時避難しているボートたち。これだけ運ぶのたいへんだったと思う




七井橋では、NHKのクルーが出張っていた。そんなにニュース価値があるんだ、ふ~ん




その先を見ると、こんな感じ。これがTVや新聞で大きなニュースになるんだから、日本っていい国なんだ




少しずつ水が引いてくると、あっちにもこっちにも、すごい数の自転車が顔をだしてきた




水鳥とツーショット。そろそろ避難するほうがいいカモよ




市の職員が一台一台引き上げている。自転車を捨てた心無い人よ、よおっく見なさい




どんだけ~~~。水位が下がってくると、次なる自転車が。橋の上から「あと5m」「もっと右」とか声がかかる




みるも無残なお姿があちこちに。だんだん腹が立ってきた




こっちには公園のくず籠だろうか、わざわざ金具を外して捨てたのだろう。それだけの努力と時間を仕事にぶつけてみろ




ショッピングカートもある。買い物して家までカートで運ぶツワモノがいるが、公園は家じゃないから、ただの悪さだろう




ラジカセ。道端に放置するのも悪いけど、池に投げ込むのはもっと悪い。こういう人が人を轢いたらきっと逃げるだろう




池の真ん中でも作業中。もっと水がひかないと無理でしょ




かいぼり作業を見ながら、悠然と胡弓を弾く人。小さい音だけど、心が和む




寒いので、ちょっと一休み。赤ワインに香辛料など入れるカクテルは美味しい。ちなみにホットワインは日本語だから外国では通じない




♪いぬは喜び庭駆け回る♪ 服なんて着せないほうが強くなるよ




ただ汚い格好で歩くのは気が引けるけど、役に立つ仕事をしていれば、いくら汚くても堂々と歩ける




ボランティアとはいえ、このコンビがいい感じ。仲良くやってね




わぉ~。こんなところで見れるとは思わなかった




ブルーギルだろうか。ブラックバスも多かった。丸々と太っちゃって。もうすぐ駆除されるけど




大きくなって捨てれらるペットカメがたくさんいる。井の頭池はカメだらけになってしまった。ペットを気軽に飼えないようにしなとダメかも




ほら、こうして触らせると、必ず「ママ、カメ買って」となる




女性ボランティアも大活躍の一日。泥だらけになっても、みんな笑顔だった




池の西側はこんな感じ。もうちょっとだね




身動きができなくなった、名物の白鳥ボート。池のボートって、なんで白鳥なんだろう




夕方になって、強風が吹き荒れてきた




26日(日)の池の底。これから2ヶ月くらい天日干し。人間も天日干しをしたら、旨みがでて長期保存できたらいいのに




誰か、池の水に映った自分にうっとりして落ちて死んだ人がいたのかも。池の端に水仙(ナルシス)が。もう少しで春

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  1. 2014/01/27(月) 16:28:09|
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昭和の街に時空体験 (2014.1)

ポカポカ陽気だった今年の元旦、少し遠くまで散歩をしました。普段行かない街、初めて通る道を歩くと、とても新鮮で、空気もいつもと違うような気がします。偶然通りかかった場所に、建築中の家がありました。木製の軸壁が出来上がったところで正月休みに入ったようです。案内板を見ると、これからオーストラリア製のレンガをひとつずつ積みあげていくようです。以前外国でレンガ積み住宅に住んでいたことがありましたが、地震の多い日本ではムリだと思っていました。

しかし、最近の技術は、レンガにタテ筋とヨコ筋を配しながら躯体と金具で固定するため、耐震性にも優れているようです。レンガは年をとるほどに美しくセクシーになるし、自然との親和性もあって、それでいてメンテフリーなのですから、人間であれば理想ですね。またレンガ積み住宅に住んでみたくなりました。

そんなこともあって、急に住宅に対する興味がむくむくと湧いてきたものですから、小金井公園の「東京たてもの園」まで自転車で行ってきました。祝日だったこともあり、思いのほか、すごい人出でした。2万1千坪の敷地に、開園以来20年をかけて、30棟がやっと完成しました。すべての建物は、パーツに分けて、部材ごとに調査し、使えるものは使い、使えないものは復元したそうです。

なにしろ広いので、駆け足で回りましたが、結局時間が足りませんでした。そこで、たてもの園にある住宅の全景は、パンフでもネット検索でも見ることができるので、あえて省略し、また、建物も、気になるものだけを選んで撮りました。

ちょうど広場では、ボランティアの人たちが子供達に昔の遊びを教えていました。ベーゴマ、コマ回し、竹馬、羽根つき、凧あげ、輪回し。遊びに、古い新しいはありません。あるのは、面白いか面白くないかだけです。子供達は目を輝かして、真剣に、楽しそうに、遊んでいました。小さい頃、このほかにも、いろいろな遊びがありました。メンコ、石けり、おしくらまんじゅう、鬼ごっこ、かくれんぼ、缶けり、馬とび、木登り、チャンバラ、野球、ザリガニとり、はないちもんめ、ダルマさんがころんだ、けんけんぱ、ビー玉、おはじき、水鉄砲、ゴムとび、ドッジボール、フラフープ、ヘビとり、昆虫とり、けん玉、白墨で道路に絵描き、綾取り、お手玉、軍事将棋・・・。もっとあったでしょうが、思い出せません。いつも真剣勝負でした。遊びのほかにも、そろばん、お習字、学習塾もありました。もちろん勉強などしている時間はありません。とにかく毎日遊び疲れて爆睡していました。

今回も「この一枚」はありません。全部見て、時空体験をしてください。今年もこんな撮り方をしてみます。

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これぞKing of Roji、すごい感動!こんな美しい路地はもう見られない。いつまでも残してほしい




「増田胃腸丸」の腸の字がいかにも痛そう。それにしても「焼酎味淋」ってどんな味?興味津々




昭和初期の荒物屋、丸二商店(神保町)。屋根上端部の柱やファサード部の青海波や網代の模様がおしゃれ




アルマイト鍋。今でも家にあるけど、なぜかなつかしい。子供でも知っていたツルマル印。ロングライフ商品のひとつ




白金台の大和屋本店(乾物屋)は1928年築。ドライフーズは災害時の非常食として重要さが増している




大学の授業風景みたい。よく見ると、みんな個性がある




1933年築の醤油店(白金)。側柱の腕木に桁を乗せた出桁造り。店先が前に張り出して立派にみえる




味噌の消費量が40年前から半減している。食生活の変化だけが原因とは思わない。変化への対応力の弱さも原因だろう




昔は計算ができればよかった。今はPOS機能や顧客情報管理は必須だし、電子マネー機能も必要だ。一種の秘密情報保存BOXみたい




これからの建物は、防火性・耐震性・断熱性が必須。その意味では土蔵は今こそ注目されるべきだろう




不忍池沿いにあった村上精華堂(化粧品屋)は1928年築。大福帳・黒電話・そろばんは、当時の商店の3点セットだった




文房具の武居三省堂は1927年築。隣家とくっついて地震に負けない。隣地境界との50cmルールなんて中途半端はやめたらいい




羊の毛だろうか、柔らかそうな筆。写真もそうだけど、道具に振り回されないようにしないとね。どう撮りたいかより、何を撮りたいかが先だと思う




1927年築の植村邸(新富町)は看板住宅の典型。1階部分の銅板には戦時中の爆弾の破片が突き刺さった痕が生々しい




寺社建築様式のような唐破風に風格がにじみ出ている。非日常世界への入口のようだ




大正から昭和にかけて東京の先進的な風呂屋さんが取りいれたタイル絵。ほとんどが九谷焼だそうだ




子供の頃、学校ではキログラムで、銭湯では貫目だった。不思議に両方とも受け入れていた。小学校の英語も同じじゃない?




新橋の街頭テレビ1台の前に1万人の群集が歓声をあげた。小さい力道山の空手チョップで大きなブラッシーやルーテーズが飛ぶのが不思議だった




下谷にあった江戸末期の酒問屋が戦後居酒屋に模様替え。1970年当時のしつらえだそうです。こんな居酒屋なら行ってもいいな




いつの頃か、リヤカーのある風景が東京の街から消えた。でも今こそ都心の配送はすべてリヤカーにすればいい。クロネコの、あの緑の台車のように




藁は万能だ。布団、笠、蓑、草履、俵、堆肥、燃料などなど。藁を編んだわらじは、五穀豊穣、家内安全、無病息災も祈願する




髪飾りも編めるし、




ウマだって編めちゃう




マスクひとつで、日本人の衛生観念や思いやりの気持ちがわかる。外国人から変な目で見られようと、堂々とマスクをしよう




遊びに古い新しいはない。面白ければハマる。それだけのこと




何でも一番になりたかった子供の頃。今の子供はどうだろう




昔の子供の誰もが一度はあこがれた運転手さん。13歳のハローワーク公式最新調査による人気職業ランキングでは82位。う~ん




小さい頃って、なんにでも好奇心が旺盛だった。歳をとっても、好奇心が旺盛なら、目はいつでも輝いている




「ALWAYS三丁目の夕日」の風景。上着の袖が洟垂れで黒光りしていればもっとよかったのに




路線バスは前乗りと後乗り、前払いと後払いの組み合わせがあって、わかりにくい。それくらいは統一できそうだけど




1910年築のデ・ラランデ邸(信濃町)は、2段勾配屋根と板貼り壁が特徴。木造は耐用年数が短いというけど、建て方や住み方で長持ちする




文京区西片の小出邸は1925年築。畳の匂いは好きだけど、花粉症とダニアレルギーになってから遠ざけている




開口部の断熱材は、樹脂サッシ+アルゴンガス入りの複層ガラスが現状最高のようだ。どこにカネをかけるか、それが問題だ




昭和のガラスは歪んでいるのが当たり前だった。そのほうが味がある。K4テレビなんて必要だろうか




すべての外国風が否定されていた戦時中に造られた前川邸(上大崎)。どこから部材を入手できたのだろう




壁に穴を開けるのは換気のためもあるけど、外を見たいという基本的欲求もある。でも外が隣家の壁や窓では欲求が失せる




1925年築の大川邸は、田園調布らしく、当時珍しい全室洋間のつくり。床下換気口のデザインもおしゃれ




もう映画でしかお目にかかれない磁石式電話機。手動で発電機を回して電話局につなぐ。オレオレ詐欺なんてなかった時代




寒い日、かじかむ手で、つるべ井戸から水を汲んで母屋に運ぶ。たいへんな仕事だった。水道の便利さを再認識しよう




寒くても暑くても、今年も春はやってくる。もう待ち切れないようだ

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初メジロはみかんが大好き (2014.1)

あけまして おめでとう ございます




爆走している馬を流し撮りした感じを表現したかったのですが、ウマくいかないものです。目がかわいかったので、ウマぁ、いいでしょう。



冬になると庭の侘助にメジロが来ます。そんなことを植木屋さんに話したら、メジロはみかんが大好きだから、故郷の三重では、みかんを輪切りにして枝に刺しておくんだと言っていました。そこで、我が家でも、侘助の木の枝にみかんを刺して、隠れてしばらく見ていました。そのあと、こんなことになりました・・・・



さっそくやってきたよ。あたりをうかがって安全を確認するのはいつものこと。人間社会も物騒だから見習わないと




ひとくち。う~ん、まいう~




こんどは、こっちにしようかな




こっちも、まいう~。しょうがつからこんなうまいもんたべて、しあわせだな~




あれ、だれ?ちょっとじゃましないでよ




オレにもたべさせろよ




東京の三が日は、天気も良く、大きな事件事故も起こらず、まずまずのスタートになりました。この3週間は写真も撮らず、だらだらとしていました。なにはともあれ、一年を通して平々凡々な日々を過ごすことができたら幸せです。

でも幸せってなんだろう。ヒマなので、そんなことをあらためて考えてみました。人はもともと平等には生まれてきません。不平等が当たり前です。誰もが平等な社会なんて幻想です。すべての人が同質の幸せを感じることはありえません。誰もが同じ年収ではありませんし、誰もが美男美女でもありません。誰もが五体満足な子供を授かるわけでもありません。国の政策でなんとかできるものではありません。

仮に、同じ年収、同じ能力でも、それを幸せと感じる人もいれば、不幸だと感じる人もいます。ことほどさように、幸せは相対的なものであり、また人それぞれの、価値観や心持ちに影響されるものです。だからまず、幸せを求めるのなら、不平等という現実を認めて、そこから出発することです。

そして、運良く何かを達成できた、願いが叶ったとしたら、幸せを感じることができるでしょう。でも、その幸せはいつまで続くでしょうか。隣にもっと幸せそうな人がいたらどうでしょう。自分にもっと高い目標が見つかったらどうでしょう。それまでの幸せが色あせてきます。幸せの喪失です。おそらく、幸せは何かを達成した結果得られるものではないからです。幸せというのは、結果ではなく、むしろ何か目標に向かって、あらん限りの努力をしている途中の状態をいうのでしょう。

だとすれば、何かに向かって努力をし続けていれば、その人の人生はずっと幸せなんだと思います。死ぬまで努力をし続けていれば、死ぬまで幸せでいられるのだと思います。

ミラーレスを買ってもうすぐ2年です。正直こんなに続くとは思っていませんでしたが、だんだんと楽しくなってきました。ちょっとずつでも、努力を重ねていけば、ちょっとずつでも、満足のいく写真も増えてくるのではないかと思います。これが小さな幸せなのかもしれません。

今年もよろしくお願いします。

rojist


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  1. 2014/01/06(月) 14:46:44|
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Author:rojist
東京生まれ東京育ちなのに、知らない東京ばかり。ヒマだし、カメラ買ったし、ボチボチぶらぶら散歩してみようかな。気が向いたときに。

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