東京路地ランキング

文化遺産として残しておきたい路地をランキングしてみました

都心最高峰、愛宕山に登る(2013年2月)


今回は懐かしい浜松町からスタートです。80年代、そう、いわゆるバブル時代、この街で働いていたことがあります。家のローンと子育てで、バブリーとはまったく縁のない暮らしでした。

それにしても、しばらく来ないうちに、この街は様変わりしていました。真新しいビルが多いので、この10年くらいの間の変化かもしれません。変わらないのは、貿易センタービル・芝離宮・増上寺、そして秋田屋など何軒かの老舗店くらいでしょうか。芝大神宮の裏路地には、味わい深い料亭や旅館があったのですが、今やため息ばかりで、写真を撮る気にもなれませんでした。

このあたり、神社仏閣がたくさんあります。人間というものは勝手な生き物で、しごく気軽に神頼みをします。それも、「宝くじが当たりますように」「勉強しないで合格しますように」「楽して出世しますように」「玉の輿に乗れますように」など、まことに図々しいのです。こういう、利己ばかりの頼みごとをする人ほど、お礼参りを忘れるのです。

そういえば、参拝の時は「名前と住所」をしっかりと伝えなさいと、誰かが言っていました。神様は忙しいので、どこの誰かなんていちいち覚えていませんし、1年に1回顔を出すくらいの人の頼みごとなんて聞いてくれません。毎月何回か必ず顔を見せる人の頼みごとを聞いてくれるそうです。そして、ご利益のある神様ほど、パワーがありますから、その分、祟りも恐ろしいのです。ですから、安易な気持ちで頼みごとをしない方がいいかもしれません。ちなみに、私は、日ごろの無事を感謝するためにお参りしています。

愛宕山には初めて登りました。斜度35度の「出世の階段」には驚きました。まるで絶壁です。写真を見ていただければわかりますが、階段なのに壁に見えます。ということで、エレベーターで山頂まで行きました。それにしても、この山、面白いですね。地図を見ると、ここだけが小さなイボみたいに出っ張っています。

ところで、先週神田「やぶそば」が焼けました。木と紙でできた日本建築だから仕方ないといえばそれまでですが、残念です。増上寺もそうでしたが、建てなおしてまだ日の浅い史跡建造物によく出会います。ファサードだけでも構いません。どうぞ、史跡としてふさわしい外観を保存復元していただきたいと切に願っています。

Rojist




2月バージョンの小便小僧。毎月ボランティアの人たちが衣装を作ってくれる。ありがとうございます




行列のできるやきとり「秋田屋」(大門)に今日の食材が届いた。変貌する浜松町で、懐かしい店に出会えて感激
貿易センタービル。味気ない外観だけど、思い出はいっぱい詰まっている




初めて見る「喫煙ルーム付たばこ屋」。そういう時代なんだ




走り続けると見えないものが、立ち止まるといろいろ見えてくる
どんなに悔いても過去は変わらない。どんなに心配しても未来はわからない。現在に最善を尽くせばいいだけ




貯金するには根気がいる?よくわからないけど、拝むと貯金が貯まるかも。ではさっそく・・・
雲を箱に入れてプレゼントしたら喜んでくれるかな




便利さを少し我慢するだけで、かっこよくなるものは意外に多い




江戸気分にさせてくれる築地塀。割れた瓦の再利用は、エコで美しくて、まさに一石二鳥




芝公園の緑によく似合うクレッセントハウス
日本で太極拳なら、中国でラジオ体操するみたいな




梅の蜜を吸うメジロ。あちこち動き回って落ち着かない奴。まあいいや




昔、会社の昼休み、増上寺の境内で花見をした。といっても、一升瓶には水。周囲の辟易する顔を肴に、みんなで空酔い騒ぎ




千躰以上もある子育地蔵尊。圧巻の存在感




数の多さよりも、1本1本に気持ちを込めて供えたいと思う




徳川将軍家墓所に大きなカラスって、吉凶どっち?




スカイツリーより東京タワーが好きな人っていうアンケートやってほしい




秘密結社の日本グランドロッジ。内部を見たかったけど
東京唯一の山岳トンネル。愛宕山は小さいから、迂回してもそれほど時間はかからない。でも、作ってみたかったんだよ、きっと




愛宕山の麓、高層ビルの谷間に風前の灯が揺れていた




愛宕山の山頂。ネコを見て慌てて食べ物を口に入れる人、意地はって物欲しそうにしないネコ
なぜか流線型のビルが流行っている




出世の階段。傾斜角35度は、体感的には絶壁のよう。階段なのに壁にみえてしまう




天然の山として、23区で一番高い愛宕山
最近は、一人でお参りする若い女性が増えているけど、なぜだろう




栄閑院。玄白は人生で九幸を得たと、自らを「九幸」と号した。自分にとっての幸をたくさん探してみよう
都心に駐輪場付のオフィスがちらほら出来ている




環2首都高と公道がビルの地下と1階を通り抜けるビルが建築中。どんな地震対策をしているんだろ



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  1. 2013/02/24(日) 23:34:20|
  2. 港区
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新大久保コリアンタウン(2013年2月)

ジム帰りに近場なので、新大久保のコリアンタウンに寄ってみました。週末になると、「あちら」のほうから、ぞろぞろとすごい人数が、新宿に向かって歩いてくるので、気にはなっていました。正直言って、韓国のカルチャーや食べ物にはあまり興味がないので、スルーしていたのですが、きっと気の迷いでしょう。足が「あちら」に向いていました。とはいっても、ウキウキすることもありませんし、もちろん何かを買うなんてこともありません。ただ、私が知らない世界で、面白いことが起こっているかもしれない、ということからでしょうか。好奇心は若さの源泉ともいいますし。

まあとにかくすごい人出でした。竹下通りみたいに、同一種の人たちであれば、理解できますが、人種・言葉はばらばら、性別・年齢もばらばら、ファッションもばらばら、これだけ無秩序に多様化した街は、世界でも見たことがありません。唯一共通した価値観が「韓流」です。

ついでに、なぜ私が「韓流」にはまらないかですが、それは簡単です。ワンパタン、無個性だからです。(まあまあ、怒らないでください。)「あちら」のアーティストは動きに乱れがないんです。精密機械みたいで面白くないですよ。北朝鮮の人たちと同じです。顔も造った感がありありです(失礼)。AKBなんかは、よくみるとばらばらです。だからいいんです。食べ物でも同じです。日本の食べ物は、素材を活かしたり、料理人によって個性が丸出しです。「ワオ!」という意外感があります。裏返しに言えば、「韓流」は構えずに入りやすいし、パタン化して馴染めやすいという意味で、カジュアルなところが受けているのかもしれません。

大久保通りを歩いていたら、突然大規模なデモ隊にでくわしました。「竹島を返せ」のドスのきいたシュプレヒコールあり、怖い系の人たちもいます。警察隊も厳戒態勢です。これに対峙して、「仲良くしようぜ」「在日外国人差別反対」などの看板を掲げた団体もいました(論点がズレているのが気になりましたが)。大混雑のコリアンタウンの真ん中で、こうした相反する示威行動があると、緊張感が半端ではありません。

路地を探して、わき道に入ります。狭い道はあるのですが、う~ん、路地ではないんですよ。私のなかでは。それにしても、道路の汚いことが気になりました。通行人のマナーの問題もあるでしょうが、お店のほうも、気持ちよくお客様を迎えるため、自ら店先をきれいにしようという気持ちになってくれたらいいなと思います。

rojist




何でも受け入れるこの街。不思議なたくましさがある



「どこも似たり寄ったりで選びにくいね」「寒いんだから早くしてよ」



行列に燃える人もいれば、行列に萎える人もいる
いつの頃からか、竹下通りみたいになった大久保通り



夏はホットパンツに素足、冬はホットパンツにタイツ。経済的?



こんなにメッセージカード貼って、誰が読むんだろ



新大久保でも中華街でも占いは995円。おつり5円で「ご縁」があるようになんだって。結局神頼み?



大きな唐辛子に使い込んだヤカン。なんでもインテリアになるんだ



ホテル街に背を向ける観音さん。私ゃ見てないよ



深夜城、コリアンタウンの裏道は打つ手なし
久しぶりに見たピースマーク。周辺がきな臭い。みんな正気になってほしいよ



控えめに紅を引く、おしゃれなお地蔵さん。美人に見えるから不思議だ



コリアンタウンで竹島奪回のデモ。在日の人たちはどんな思いを持っただろうか



お互いの言いたいことのズレは思っているより大きいかもしれない



コリアンタウンは大半が食べ物屋だけど、ねらい目は化粧品かも
カタツムリよりエスカルゴのほうがイメージいいと思うけど。どっちにしても、ナメクジと同類だけどね



このコピー、引いちゃうよ。ブタは太ってこそブタでしょ

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  1. 2013/02/19(火) 13:21:24|
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目白文化村+トキワ荘(2013年2月)

「目白文化村」、ご存知ですか。通称、目白ビバリーヒルズとも呼ばれ、今からちょうど90年前の分譲当時、人気でも価格でも、田園調布をはるかに凌ぐ郊外型の超高級住宅地でした。電気、ガス、水道は地下埋設され、下水溝は御影石、土台は大谷石という、なんとも贅沢な造りでした。大きな洋館が立ち並び、クラブハウスでは、映画やコンサートが度々行われていたそうです。隣接地にアトリエを構えた、大好きな画家佐伯祐三は、このあたりの風景を描いた作品をたくさん残しています。

その後、都市計画で環6と新目白通りが住宅地を縦横に横切り、また戦火にもあって、街のほとんどが壊れてしまいました。そこで、大正ロマンの街並みが完全消滅する前に、見ておきたいと思い、出かけてきました。

文化村は、目白通りにある老舗の油屋さんの横道から入ります。それにしても、目白通り沿いにはキリスト教会がたくさんあります。東京カテドラル、目白聖公会、目白教会、聖母病院のチャペルといった大教会だけでなく、小さな町教会があちこちに点在していました。なぜだかわかりませんが、街の雰囲気にはマッチしているので、いいでしょう。

文化村は、たいした期待もしてはいませんでしたが、予想したとおりといいますか、当時の面影を残した街並みには出会えませんでした。それでも、ほんの少しですが、住宅や土台などに、その痕跡は残っていました。こうなると、想像力の世界ですね。

ということで、目白通りをはさんで北側の「南長崎通り」に場所を変えました。この通り、地元の人たちは、「ニコニコ商店街」と呼びます。それが、漫画の聖地をPRするプロジェクトが発足してからは、「トキワ荘通り」の名前も通りに冠されています。なんとも複雑です。考えてみれば、通りの名前くらいは、行政が付ける無味乾燥な名前でなく、地元住民の創意で決めた名前を正式名にしてほしいと思います。

ドイツでは、どんなに小さな道にも、名前が付いています。名前を付けることによって、すべての道が個性を持つことになります。そうすれば、住民も道に愛着を持ちます。たかが道、されど道なのです。

そのトキワ荘通りは、言うまでもありませんが、トキワ荘があったところです。当時は、トキワ荘の手塚治虫さんが、斜向かいの紫雲荘の赤塚不二夫さんと、窓を開けて声を掛け合っていました。おそらく、「そろそろ、松葉にラーメンでも食べに行こうよ」みたいな会話だったそうです。近所のくだもの屋のご主人が立ち話でそう言っていました。
紫雲荘には、今でも漫画家たちが住んでいますが、そのひとり、桐木憲一さんの『東京シャッターガール』というコミック本が人気です。写真部に属する女子高生が、街を歩きながら、出会った人々と触れ合い、情感のこもった風景をフィルムに切り取っていくというストーリーです。手塚漫画はよく音楽が聴こえてくるといわれますが、『東京シャッターガール』からも、実在する街の空気、風や匂い、ざわめきや騒音、そして住まう人々の温かさが感じられます。

「写ガール」が一過性のブームでなく、定着しつつある今日この頃です。さしずめ、私は「写爺(シャジー)」でしょうか。

ところで、くだもの屋のご主人が、「昔はこの商店街はすごく活気があったのに、大型店が進出したり、跡継ぎが減ってしまい、だんだん寂れてきた」と言っていました。どこの商店街にもいえることでしょうが、ますます知恵と熱意が試される時代です。こういうときこそ、どうすれば儲かるかではなく、どうすればお客様が喜んでくれるのか、お客様第一の発想に立ち返るべきだと思います。

rojist



「目白文化村」は日本最大最高級の住宅地だった(当時、山手通りも7号線もなかった)




入口は、目白通りの老舗油屋の横道にあった
「そこ、昔大きな池だったんだよ」「うん、知ってます」




やりたいな、でもできるかなあ




池がなくなり、裏手の守り神もいささか手持ちぶさた
窓の桟が美しい。大正ロマンの匂いがする




洋館跡。フランク・ロイド・ライト風の門柱から往時の面影を偲ぶしかない




子供はあっというまに成長してしまう。もう乗らなくなった小さな自転車




早咲きの梅。ぷっくりしたつぼみがかわいいと思う




このあたり、レンガ造りの住宅が多い
こんな豪邸ばかりが続く。さすがビバリーヒルズと呼ばれる所以




3軒長屋の表札がHMA。各戸の表札はそれぞれの名前の頭文字だけ。おしゃれ




なんの意味だかわからない。でも考えてみれば、世の中にある面白いことって、意味のわからないことばかりじゃない?
好きな画家、佐伯祐三のアトリエ記念館がやっと完成。右の三角屋根がアトリエ




聖母病院。尖端恐怖症という病がある。私はカミさんが怖い
上智大学聖母目白キャンパス。目白通り沿いにはキリスト教会が多い




漫画家の梁山泊といわれたトキワ荘のありし日
赤塚不二夫が暮らした紫雲荘の部屋



紫雲荘の現在の住人、桐木憲一さんの大ヒット漫画は、写ガールが主人公だって。一気にファンになった
今は日本加除出版社の敷地の一角にある。伝説はここから始まった




トキワ荘の話、商店街の話、いろいろ熱く語ってくれた、くだもの屋のご主人。隣の顔とソックリ


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  1. 2013/02/13(水) 13:21:14|
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新装開店、丸の内(2013年2月)

友人の国会議員さんと銀座で会食することになっていましたので、その前に、丸の内を歩いてきました。あいにく台風並みの強風が吹き荒れるなか、2時間以上も歩いていると、からだ全体が乾燥してくるのを実感しました。あわててポカリをごくん。早めに切り上げて、お茶して時間をつぶしていました。ムリはしないことですね。

外堀(現在の八重洲中央口前の道)と内堀の間の家臣が住む土地を、「(三の)丸の内」といったのが由来ですが、ごみごみ、ちまちました東京にあって、ここだけは欧米の大都市に匹敵するほど、整然として、ゆったりとした空気が漂っています。明治・大正時代の建造物も残されていますので、地域全体が、非日常を体験できるテーマパークのようです。

古い建造物にはアーチ構造がよく見られました。事故を起こしながらも技術が磨かれ、アーチ構造の尖塔を完成させた、12世紀が舞台の小説『大聖堂』を思い出しました。ゴシック様式の特徴ですが、アーチ構造の尖塔ができてから、窓が大きくとられ、ステンドガラスが採用され、堂内が明るくなりました。その結果、光が教会の神性を高めてくれたのではないかと思います。なかでも、ミラノのドゥオーモはいいですね。大好きです。

時期が時期だけに、街中がバレンタインデーに浮かれていました。しかし一方で、チョコレートの原料、カカオが危機に瀕しています。カカオ豆の生産国は戦争状態にあるところが多く、生産農家は常に命の危険に直面しています。政治的不安、干ばつ、労働条件も劣悪です。こうした環境のもと、汗と涙でカカオ豆が作られていることに、心を向けてみたいと思います。

今回は、初めてRAW撮影をしました。編集ソフトに頼るより、もっと腕を磨けばいいのでしょうが、なかなか上達しないので、少し文明の利器に頼ってみたくなりました。でも、OLYMPUS Viewer2で編集をしましたが、使い方がわかっていないためか、それほど効果的ではありませんでした。欲しい機能は、ピント直し、白トビ・黒ツブレの部分直し、部分ぼかしです。これらが解決できる有料ソフトがあるか、探してみます。

rojist




皇室専用出入口はめったに使われないのに、いつも封鎖されている。中央駅としてはいかがなものか




新しいドームは、教会のドームよりオシャレだった




高層ビルに埋もれた感は否めないが、日本の玄関にふさわしい存在感はある
駅に託児所が完備すれば働くママが増えるのにね




諸外国の例にならえば「セントラル・ステーション」になっていたかもしれない東京駅。東京のように中央がたくさんある都市もめずらしい




都心では今日もクレーンが林立している




今日は寒すぎるよ。からだ動かさないと凍えちゃうよ
この二人、恋人同士みたいに見える?実は、たまたますれ違っただけ




東京銀行協会ビル。お濠にルネッサンス建築はよく似合う




和田倉門守衛所跡。古い建造物はアーチ式構造を採用しているものが多いようだ
浮かれてばかりいないで、劣悪な生産環境のもと、汗と涙でカカオ豆が収穫されたものであることに心を向けてみてはどうか




古いビルがファサード的に残されている中央郵便局。惨めだけど、なくなるよりましなんだろう




小さい頃、暗闇も影も怖かった。最近でも、影から離れようと足を上げ下げしている子供を見かけた




ここにもアーチ構造のビル
懐かしの緑の山手線。1編成だけなので、出会うだけでもラッキー!




復元なった三菱一号館。レンガひとつにこだわって、当時の製法で230万個を焼いたそうだ




強風によろけながら早足で過ぎ去っていった




隅々まで光のシャワーを浴びる東京国際フォーラム。冬はひなたぼっこにいいね
皇居を見下ろす第一生命ビル。歴史のいばら道を乗り越えて今に至る。人生と同じ




それぞれの現在が過去になって流れていく。現代はますますその流れが速くなっている




外国では自然にできるボディアクションが日本ではなかなか勇気がいる




帝国劇場。光と影のコントラストがいい感じに




明治生命。コリント柱頭に2階だてバス、ロンドンしてるね




線路下はいつも震度5
「愛」とは言えないけど、「love」は言えそう

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  1. 2013/02/10(日) 10:11:12|
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神田ノスタルジー(2013年2月)

今日は、京橋の画廊に友達の絵を見に行ったついでに、神田まで足を伸ばしました。歩いたのは、神田駅を中心に、東西500mくらいの地域です。

私のなかの神田のイメージは、神田お玉が池であり、千葉道場であり、赤胴鈴之助なのです。子供の頃、近所の貸し本屋で全22巻を少しずつ借りてきては、むさぼり読んだものです。木を削って刀を作り、日が暮れるまで赤胴鈴之助の真空切りの素振りをしていました。それほど、子供はスーパーナイーブですから、感情移入しますから、赤胴鈴之助は実在した人物だと思っていました。猿飛佐助もそうです。月光仮面も、安寿と厨子王も、です。

今の子供たちは、漫画本だけでなく、いろいろなメディアでコンテンツを楽しむことができて、うらやましいです。ですが、私が子供の頃の遊び場は、公衆の面前であり、家族団らんの場だったのに対して、今の子供は、親の目の届かない、閉鎖的空間でひとり遊びをすることも多くなりがちです。なんだかんだ言っても、小学生の間は、まだ人として正しい判断をすることが難しいのですから、子供から目を離さないことが、面倒でも、親の責任ではないでしょうか。

誰かが、「向島までいくと江戸までいっちゃうけど、神田は昭和、って感じ」って言っていましたが、そのとおりですね。素敵な路地には出会えませんでしたが、特に須田町は面白かったです。江戸初期の須田町界隈には、15000坪に及ぶ広大な青物市場が開かれていたそうです。そんな関係もあって、歴史的建造物や老舗商店がちらほら残っています。須田町は江戸が息づく街でした。

さて、歩いていると、神田下水の説明看板がありました。アーチ型をしたレンガ造りの水道管が、道路の下で車の振動に100年以上も耐えているそうです。どこかのトンネルの天井が30年で落ちたとか。何が違うのでしょうか。技術はよくわかりませんが。東京オリンピックをめざして、突貫工事、手抜き工事で作った首都高なども、老朽化がひどいと聞きます。2020年のオリンピックに招致されたら、それからまた30年後は、同じことが起こらないでしょうか。心配です。

おみやげは、22代庄之助で、春の七草入り大福を買いました。ほんとに小さなお店なので4人も入れば満員、外に何人も待っていました。しかも、5日間の限定販売だって。そりゃ、買うしかないでしょ。

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今川小路。ガードの向こうから、戦後のドヤ街の匂いが流れてきた。そう、タイムトンネルみたいに



焼き肉屋。そういえば、ここ2年くらい食べていない。欲求が衰えたと言うほうが正しいかな
どんなご利益がるか知らないけど、「豊潤」という響きに誘われた



家をドライクリーニングしたほうがいいんじゃない。昔はどんな商売をしていたのだろう



人が住まないビルには大量のハトが住む。それを見て見ぬふりする人がいる
登録有形文化財。隣のビルに押しつぶされそうでかわいそう



ミルクホールなんて久しぶり。知らなかったけど、有名店らしい



神田多町の昭和の町並み
地震が起きないといいね



バチが当たるよっていうことらしい。神社があると思って奥まで行ってしまった
神田下水が埋設されている道。道路の下で100年以上も振動に耐えている




お稲荷様といえば狐がつき物。ここ柳森神社は狸。いずれにしても、狐と狸なんだ



北辰一刀流玄武館跡。弟子が数千人いたという。誰がなんと言おうと、赤胴鈴の助もいたと信じている
千葉道場といえばお玉が池。不忍池より大きかった記録があるものの、今は水溜りもない



こんな雨が降ってきたら痛そう



行列と限定販売の貼り紙を見たら買うしかないでしょ
皮が薄くて、ずっしり重くて、よもぎの香りがして、ごちそうさま


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  1. 2013/02/02(土) 14:24:21|
  2. 千代田区
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