東京路地ランキング

文化遺産として残しておきたい路地をランキングしてみました

2012年総集編

もうすぐ2012年が終わります。今年の漢字は「金」でしたが、私としては、「変」の年だったかなと思います。もちろん、ヘンな人、とかの変ではなくて、変化の変です。今年は、世界も日本も、いろいろと変わりましたが、個人的に一番の変化は、会社生活を卒業してから、今月末で最初の1年が過ぎたことです。

右脳人間への変身をめざした1年でした。とにかく足掛け41年、ほとんど左脳しか使っていなかったのですから。変身といっても、簡単じゃありません。感性においては、赤ちゃんよりずっと劣っていると、強く自覚することからのスタートでした。そうして1年、今まで見ていたものは、徐々に視界から消えていき、見えていなかったものが、徐々に見えるようになりました。どんなことをして、そうなったかといえば、たいしたことはありません。たとえば、徹底して線を引いたり、写真を撮ったり、美しいものを観たり、です。1日24時間も自由時間がありますが、ヒマをもてあますことはありませんでした。

2年目を迎えるにあたって、右脳人間への変身ステップについて、私なりに考えてみました。これがまた、左脳的な作業なので、困ったものですが、長い間の習慣というのはしつこいです。まあ、のんびりやります。さて、変身ステップですが、まず、[A]感性磨きを貪欲に行っていると、[B]無意識が意識化され、[C]右脳的気づきのエネルギーが満ちてきます(ワクワク感)。そうすると、[D]モノの見方が「右脳的認識モード」(B.エドワーズ教授著『脳の右側で描け』から引用)に切り替わります(アイデアのイメージ化)。そうなればしめたもので、[E]毎日の行動が創造的になります。来年は[D]レベルまでめざしてがんばります。

最後に、1年目を総括する意味もありまして、一枚の写真から、小さな物語を感じたものを50枚選んで2012年の総集編としてまとめてみました。当初コンデジから始めて、途中でミラーレスに変え、年末になって10.7倍のズームレンズを搭載しました。ということで、いろいろ混じっています。来年末にどんな総集編ができるか、今から楽しみにしています。

では、みなさま、良い年をお迎えください。

rojist



どうか良い年でありますように、と始まった2012年でしたが、さて・・・


銀座の商売人もお祈りしてくれました


でも地震が心配です。おばあちゃん、地震が来たらすぐ逃げるんだよ


築80年の料理屋は、東日本大震災の時に危なかったけど必死に耐えたそうだ


外人さんは、のんびり銀座の金春湯。風呂上りは牛乳でなくコーラなんだね


暗がりにひっそり黒猫。ぞっ!頭が透けている


気丈そうなヤンママ。神楽坂っぽいね


ブラームスの小径は明治神宮から流れる、霊験新たかな小川だった


甲羅干しをしないと死んでしまうのはわかるけど、そこまで首伸ばさなくても


噴水に合わせてハンク・モブレーが聴こえてきそうな


永井荷風の小説にある、「谷底」に住まう人たちの祠は崖にへばりついていた


路上喫煙スペース。喫煙しながら何考えてるのか、アンケートとってみたい


「この水、放射能大丈夫かな、コンコン」


あなたのみたいにつ~るつるにしてください


すごいなあ、あんなのやりたいな


祭りじゃケツがモノをいうんだよ


下町のおばちゃん。ファッションじゃ大阪のおばちゃんに負けてないよ


おばあちゃん、一日中お地蔵さんとおしゃべりしているんだって


なんで縛られなきゃいけないんだよ、ぷんぷん


テレビ番組で紹介されて、食べたくなって来ちゃった。狭い路地のパン屋さん


高層ビル群の谷間に昭和の息吹を感じた


月桂樹で子育て中のハト。生まれて3日目。2羽いるみたい


2012年1月の火災で焼失したさくら新道。やっぱり取り壊すみたい。歴史がまた消える


「おばあちゃんこんにちわ」。おばあちゃんの手の振り方がかわいい


木と会話しながら設計図みたいに細かい絵を描いている。髯の長さが半端じゃない


新郎新婦が着飾ってダンスを踊っているオープンサロン


宇宙最大、ヘキサグラムのパワーは下半身がお好き


スカイツリー誕生。目の検査を受けるほうがいいかな


それぞれの水鏡には、何が映っているのだろう


老夫婦が仲良くお買い物。台所洗剤のコマーシャルを思い出した


光のしずくが遠慮なく降り注いでいた


赤茶けた看板に焦燥感がにじみ出ている


天下国家のあり方を考えてくれているのかな、太公望さん


へんなとこ撮らないでよ!しょうがないでしょ、したくなったんだから


ようこそ麻布十番商店街へ


車幅より狭い家には、どんな暮らしがあるのだろう


公園の水飲み場には水筒がキープされている


掃除も遊びにしちゃう柔軟さがいいなあ


お~い、空から見えるかい


思わずパチッ


ビルの解体でも大変なのに、原発となると途方もない。トイレなきマンションに住める人は誰ですか


第一印象は、鉄人28号かな。むしょうに顔を描きたい


すし屋の店頭。イカの一夜干しだろうか、食べてみたいな


停留所にあるオシャレなメッセージ。都バスもやるねえ


同潤会アパートで唯一の生き残り、上野下アパート。83歳。皮膚はぼろぼろでもしゃきっとしている


地下鉄なのに、線路の向こうはビル、こっちはフェンス。不思議な空間


陽だまりにて。まぶしくて、眼が開けられない、でも動きたくない


たくさんの人が逝ってしまった今年、勘三郎さんも逝ってしまった


巳年こそ良い年になってほしいな


元気ですか!元気があればなんでもできる。来年も元気ですごせますように。パン、パン(かしわ手)


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  1. 2012/12/30(日) 10:11:09|
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東上野(2012年12月)

用事ついでに東上野をぶらぶら。東上野といえば、江戸初期、幡随院という大きなお寺があり、その裏に住んでいた町奴、幡随院長兵衛が有名です。やくざの仇敵、旗本奴との引くに引けない抗争で殺された長兵衛、「男の中の男」「侠客の鏡」として、芝居や映画の主役になりました。「お若えの、お待ちなせえやし」の名調子を覚えている方もいるでしょう。

歴史書には、『明暦三年(1657)七月、旗本水野十郎左衛門、幡随院長兵衛を殺す』との記述だけしかありません。このわずか一行の、歴史の断片が、池波正太郎の小説、「侠客」では、血の通った物語として、生き生きと再現されています。解説には、「大事なのは小説的事実であって、それが実際にどうであったかではない」とありますが、その通りです。小説の出来、不出来は、作家のイマジネーション力にかかっていますから。小説だけでなく、映画的事実、絵画的事実というのもあるでしょう。私にイマジネーション力があれば、もっと物語を感じさせる写真が撮れるのでしょうが。来年は右脳をマッサージして鍛えねばと思っています。違うか??

現存する最後の同潤会アパート「上野下アパート」が、2013年5月に解体されることが決まったようなので、記録に残してきました。もう83歳ですから、寿命を全うしたといっていいでしょう。お疲れ様でした。

政治ネタで申し訳ありませんが、やっぱり気にかかるのは、「アベノミクス」戦略です。名目成長率と長期金利の動きは基本的に同調しますから、単純すぎるかもしれませんが、ともに2%上昇したとすると、日本の経済規模が500兆円、借金規模が1000兆円ですから、借金の利払いのほうが2倍多くなります。借金を増やしてまで成長率を上げるのであれば、借金の利払いは、さらに増えることになります。長期金利の上昇によって、国債が投売りされるリスクもあります。こうした疑念に対して、マスコミよ、熱に浮かれず、もっとしっかり伝えてくれと言わせてください。

rojist



 
地下鉄銀座線の車両たち。線路の向こうにビル、こっちにフェンスの不思議な空間





 
地下鉄の踏切。路面電車みたい
レールは暗黒の闇へ





 
旧下谷小学校。ツタの生命力ってすごいの一言





 
ほら、落葉しない生命力ってうらやましい
和風の屋根瓦の下に銅板貼りの洋風窓なんて、おっしゃれー






 
同潤会アパートで唯一の生き残り、上野下アパート。83歳。皮膚はぼろぼろでもしゃきっとしている





 
無形文化財は消えないけれど、有形文化財はいつか消えてしまう。もっと大事にしたい
すみません。すぐに出ます





 
「噺家長屋」の愛称で親しまれたけど、今は長屋じゃなくなってしまった。熊さん戻っておいでよ
ザボン細工よりも窓がかわいくて





 
陽だまりにて。まぶしくて、眼が開けられない、でも動きたくない





 
上野コリアンタウンの路地には、豚がたくさんぶら下がっていた




 
元気ですか!元気があればなんでもできる。来年も元気ですごせますように。パン、パン(かしわ手)


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  1. 2012/12/25(火) 12:00:00|
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人形町・日本橋1(2012年12月)

前回は蛎殻町まで来ましたので、今回は、隣町の人形町をメインに、日本橋の本町と本石町まで足を伸ばしました。人形町は東西500m、南北300mちょっと。知名度が高い割には、狭い地域です。しかし、歩き始めると、目を奪われる場所があちこちにあって、心がワクワクしてきます。それも、ディズニーランドや日光江戸村のように人工的でもなく、ギラギラと、テーマパーク感を押し出すこともなく、自然に、気軽に人形町ワールドを楽しめるようになっているところがいいのでしょう。しかも無料ですから。

それにしても、江戸時代から今日まで、街が破壊されたり荒廃してしまうような危機が何度もあったはずです。それを、ここまで洗練された街づくりをしてきた裏には、語りつくせない長い物語があったことでしょう。地元の方々が、街のウリをよくわかっていて、それをうるさくなく、上手にアピールしてきたことも見逃せません。みなさんの地元愛とマーケティングの巧みさが、心地よく感じられた散歩でした。

歩いていると「玄冶店跡の碑」がありました。子供の頃によく口ずさんだ「お富さん」の歌詞に、「♪粋な黒塀、見越しの松に、あだな姿の洗い髪、死んだはずだよお富さん、生きていたとはお釈迦様でも、知らぬ仏のお富さん、エエサホー玄冶店♪」とあります。もちろん、その頃は歌詞の意味などまったくわからず、お富さんが母の名前だったことと、「死んだはずだよお富さん、生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏の」のフレーズが面白くて、母に向かって唄っていたことを思い出します。(母はただ笑っていましたが)こうして漢字にしてみたり、人形町の芸者新道などを歩いてみると、歌詞がすっと入ってくるものです。しかし、玄冶店が何なのか、たいして興味もなかったので知りませんでしたが、碑をみて初めて知りました。将軍家光の御典医の岡本玄冶の屋敷跡とのことです。でも、なぜ歌詞の最後に突然玄冶店がでてくるのか、だいぶ強引な気がしますが。

水天宮や明治座を控えているためか、通り道となる甘酒横丁などは、まさに巣鴨状態。中高年のおばさまたちで大賑わいでした。横丁というには、道路が広すぎますが、レトロ感満載のお店がたくさんあって、巣鴨地蔵通りが庶民的なのに対して、こちらは上品な雰囲気でした。

最後に日本銀行まで行ってきました。安倍さんが日銀に無制限な金融緩和策を採るように圧力をかけ、とりあえず10兆円の緩和が決まりましたが、個人的には金融緩和だけで景気がよくなるほど単純ではないと思っています。それよりも問題は、日銀の独立性はどこまで保証されるべきかです。政治家は国民にチェックされるし、官僚は政治家にチェックされます。サラリーマンは360度、チェックの目があります。しかし、日銀は事実上誰にもチェックされません。それが証拠に、日銀総裁が、20年に渡るデフレの責任、金融政策の無作為の責任で解任された話を聞いたことがありません。日銀法によって日銀総裁の身分が守られているからです。みんなの党が政府が日銀総裁の解任権を持つような日銀法の改正法案を出していますが、まだ遡上にのぼっていません。少なくとも、身分の安全が保障されている人の仕事には熱意や真剣さが足りないので、信用できません。失敗を恐れて行動しないよりも、真剣でないことを恐れて行動してほしいと思います。

rojist




京都の花見小路ほど賑やかではないが、清潔で、しっとり落ち着いた花街らしさをかもし出している





芸者新道には、今も粋な料亭が多い。ギラギラ顔の初老が若い女性を伴って入っていった





大観音寺。化粧の濃さだけで人を見ちゃいけないね
都心に立派なビル建てて、テナントまで入れてる。税金払えば





停留所にあるオシャレなメッセージ。都バスもやるねえ





明治座や水天宮への中高年客で賑わっていた





甘酒が恋しい季節になりました
えっ?甘酒じゃなくて、こっちがいいって?





初めて見た三味線屋
「か」じゃないよ、「つ」だよ





よくわからないコンセプトだけど、楽しそう
「元葭原」(吉原)の地主神。のぼりに広告とは、時代だね





大門通り。「吉原」当時は待合、その後赤線のお店、などなど、幾多の人生を経てきたんだろうな





珍しい酒屋で立ち飲みの店。戦前の香り?いや、酒の香りがプンプン(夜だけ)
玄冶店にある橘稲荷神社。思わず「お富さん♪」を口ずさんでしまった





元は川上貞奴のいた置屋。ミシュランで初の三ツ星料亭。食べログで評価3.0だけどね
町名がなくなった後も、「芳町」はしぶとく生きていた





すし屋の店頭。イカの一夜干しだろうか、食べてみたいな





「発句なり 松尾桃青 宿の春」。当時「桃青」と称した芭蕉が、ここ室町で修行を積み、宗匠となった正月に詠んだ句
三越の前、按針通りにも物語があった





我が家は、高さ1mのプラスチック製ですけど、なにか?
ご利益なくても、こするのはなぜだろう





日本橋の傍には、白壁の河岸蔵が立ち並び、美しい水景を呈していたらしい。美しさを取り戻せるのはいつ?





すべての道は、日本橋に通ず
安倍政権誕生。さて、どうする日本銀行

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  1. 2012/12/21(金) 11:20:41|
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今川・井草(2012年12月)

今回は、散歩圏内ということで、井草川の周辺を歩いてきました。といっても、現在は水が枯れているので、全路が遊歩道になっています。水源は、青梅街道を挟んで、井草八幡の向かい側にある切通し公園です。遊歩道は、きれいに碁盤の目に整地された住宅地をジグザグと縫い、3kmほど先の妙正寺池まで続いていました。そこから先は妙正寺川となって、下落合で神田川に合流しています。

井草川の左岸から、上井草駅(西武新宿線)にかけて、早大グランドとスポーツセンターがありますが、戦前から戦後にかけては、この場所に、最大4万5千人を収容する、大きな球場があったことを知ったのはつい最近でした。かなりの年配の人しか知らないでしょうが、東京セネタースという球団の本拠地でした。セネターズが消滅したあと、一時、東京六大学の球場としても使用されていたそうです。

プロ野球の球場を造り、併せて近郊の都市開発をするという、西武鉄道の大プロジェクトでした。小林一三や五島慶太による、鉄道+都市開発+アミューズメント施設による集客というビジネスモデルの成功にあやかった堤康次郎でしたが、うまくいきませんでした。まず、時期が最悪でした。野球場開設がちょうど太平洋戦争の勃発と一緒でしたから。もっと悪いのが、経営センスです。

西武新宿線の起点は、なぜか新宿ではなく、地味な高田馬場です。それも、当初は現在の高田馬場と下落合の途中にあったのですから、JR高田馬場まで10分近く歩かなければなりませんでした。その後、JR高田馬場にまで延長したのは当たり前としても、新宿までの延長が中途半端です。現在でも西部新宿からJR新宿まで歩いて6~7分かかりますから、当然高田馬場で乗り換えてしまいます。ですから、いつ乗っても、高田馬場から新宿まではガラガラです。都心にガラガラで到着する鉄道はほかにありません。西武鉄道もこれではいけないとして、JR新宿駅ビルへの延長や地下での連結も検討しましたが、スペースや予算の関係で実現しませんでした。最初から新宿をターミナルとして取り組んでいれば、もっと安く済んで、実現したかもしれません。そこで、高田馬場をターミナル化するべく、東西線への直通化も検討しましたが、営団がJR中央線への直通化を選択したため、これも実現せず。そもそも、五島慶太に異常なライバル心を持つ堤康次郎が、五島に営団との提携に先を越されたことがシコリとなり、営団との良好な関係作りが遅れたことも影響したともいえます。とにかくすべてに、読みの甘さ、遅さ、決断の中途半端さが現れています。もう少し経営が上手であれば、運賃も今ほど高くはなかったでしょう。これからでも遅くないので、地域住民のためにも、頑張ってほしいと願っています。

rojist




今川家の菩提寺、観泉寺。 落ち葉踏んで つわものどもの 音を聞く





屋根や軒先までモミジ色に染まっている





竹垣の路地に柔らかな夕日が差し込んでいる





落ち葉で厚着をする竹垣





日本初のロケットやゼロ戦を造っていた中嶋飛行機の工場跡地。当然、戦時中B29の一番の標的になった
厳しい罰にびっくり。ルールは守りましょう





第一印象は、鉄人28号。顔を描いてやりたい





妙正寺池は満員御礼
柿も満員御礼





何キロもうねりながら続く、井草川遊歩道
どこかの国のクリスマスみたい





井草川の岸壁だけが残っていた





井草川の水源。おそらく崖面を滝のように落ちていたのだろう
水源から崖面を落ちた流れは、二股に流れていたのがわかる

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  1. 2012/12/19(水) 18:03:38|
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八丁堀・茅場町(2012年12月)

前回は築地・新富町でしたので、その続きで、八丁堀から茅場町を経由して蛎殻町まで歩いてきました。今回の第一の目的は、八丁堀の今を確認することです。まず、八丁堀跡の確認です。八丁堀は、京橋川と楓川(現在は両方とも高速道路)の合流地点から亀島川までの、約900mです。今は公園やポンプ所など、公的な施設になっていますが、川端に集う商いの声や組屋敷の雰囲気をイメージしながら歩きました。合流地点で、埋め立て前の、堀の岸壁を発見できて、来た甲斐がありました。

もうひとつ、江戸時代、奉行所に勤めていた与力や同心が住んでいた組屋敷が八丁堀にありましたので、八丁堀といえば、彼らの通称でした。江戸の娘達の憧れの的が、「与力・力士・火消し」でしたので、与力はすごくモテたようです。テレビドラマの必殺シリーズに出てくる中村主水のように、母と妻にいびられるばかりの男ではなかったようです。

八丁堀の界隈に、与力は300~500坪、同心でも100坪くらいを拝領していたそうです。今でいえば、東京駅に徒歩圏内で、これだけ大きな土地に住めるとは、うらやましい限りです。しかし実際には、生活費を稼ぐため、敷地の一部を、医者や学者に貸していました。明治に入ると、生計がさらに厳しくなったので、細切れにして、たくさんの人に貸したため、この地域の人口密度は過剰になり、資料から計算すると、3人家族が住めるスペースはわずか9坪でした。残念ながら、彼らの住んでいた当時の面影はまったく残っていませんでした。

それよりも興味深いのは、世界一の都市、江戸100万の住民の治安はどのように守られていたのかです。与力は50人、同心が100人、部下の岡引や下引が1000人。電車や車のない時代、これだけの人数で江戸市民の治安を守り、司法や行政まで面倒をみることは不可能です。それをカバーしたのが、町年寄りや名主を中心とした自治組織です。たいがいの問題は自治体の内で解決していましたし、「5人組」や「向こう三軒両隣」の監視の眼が、問題を起こさないしくみとして機能していたようです。

都会の人は、とかく束縛や規則や干渉を嫌いますが、だから犯罪は起こるわけです。そういう意味では、大阪的なプライバシー軽視の近所付き合い(失礼)のほうがいいかもしれませんし、江戸のこのしくみも、もっと取り入れるべきかもしれません。(総選挙の公約にはありませんが)

今週末は総選挙です。当日、別に用事があるわけではありませんが、今日、期日前投票に行ってきました。悩んだ末、小選挙区は白紙で出しました。というのは、私の支持する政党の候補者がいませんし、立候補した、どの候補者の公約にも賛成できないし、そもそもウソっぽい顔、オーラのない顔ばかりです。こういう選挙区はどこにでもあると思います。役所やマスコミに言われなくても、投票は国民の権利ですし、権利を行使すれば世の中が良くなる可能性があることは、わかっています。しかし、ベストでなくても、ベターな選択肢を用意してくれないのは、国の不作為にほかなりません。原因は、小選挙区のように小さすぎる単位で選択をさせることにあります。中選挙区制に戻すまでもなく、中小政党でも候補者を出せるくらいの規模にしていただかなければ、国民の選択権を奪うことになります。これは明らかな憲法違反です。私の知る限り、このような指摘をしている人がいませんでしたので、ついでに触れました。

rojist




霊岸島にかかる南高橋のふもと。祠だけの徳船稲荷。神はあらゆるものに宿り、その数は無数にある、とはしかり





正面の岸壁の辺りに八丁堀が流れ込んでいた
八丁堀跡の緑地。川筋をたどる旅にでてみよう





八丁堀の旅は、わずか900m。手前から流れてきて、今はなき京橋川と楓川に、この地点で合流していた





京華スクエア。この辺りに町奉行の与力・同心の組屋敷があった。
最盛期は銀座以上の繁華街だったというこの通りですが、今は写せません。





江戸時代(1859年)。与力・同心の組屋敷は、現在地表示のある島の左端、八丁堀から島中央の堀までの約33千坪だった





ひび止めも、割れ止めも、みんな同じだね
よほど秘密の話だろうか。路地にはこんな利用法がある





いくら美味しいお菓子でも、製造現場は見ないほうがいいかも
左側はセットバック済みで広くなっている。こうして路地がなくなっていく





路上駐輪すると、こんなになっちゃうよ




銀座の柳の四代目だって。寂しいお姿。人間も三代目が家を潰すっていうから、まだましか
隣の高速道路から見える、小西酒造の壁面。「白雪」って、わかるかな





兜町鎧橋のふもと。むかしは、株の予想小屋がたくさんあったそうな
銀行発祥の地、現在はみずほ銀行。でも、普通すぎて、昔の絵を拝借(第一銀行)





兜町の守護神、兜神社。縁はないけどお参りしてみました





ビルの解体でも大変なのに、原発となると途方もない。トイレなきマンションに住める人は誰ですか





四方を掘割で囲まれた有馬家下屋敷跡(約27千坪)は、水天宮と公園と小学校になっていた
足裏は第二の心臓と言われるくらいだから、これ毎日やれば心臓に毛が生えて強くなるかも





「恐れ入谷の鬼子母神」と並び、「情け有馬の水天宮」が、江戸庶民の間で最も流った言葉遊びだったそうだ





ほとんどの高速道路は川を潰して作っている。この浜町川もそう
名前かっこよくない?

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  1. 2012/12/12(水) 13:12:20|
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築地・湊(2012年12月)

これから何回かに分けて、隅田川を河口から浅草の手前まで、遡ってみます。まずは河口の築地から八丁堀の手前まで。築地市場は一週間後に迫った都知事選の争点にもなっていますが、今日の市場は、そんなことあるの、というくらい、いつも通りの賑わいです。そりゃそうでしょ。なにしろ師走ですから。軽トラやターレがびゅんびゅん飛ばしています。あのターレですが、一度運転してみたいです。場外市場のたくさんの人たちを蹴散らして走るのって、カッコイイこと間違いありません。

東京生まれなのに、初めて築地本願寺に行きました。浄土真宗は、念仏を唱えれば極楽に行けますし、妻帯してもいいですし、他力本願を勧めていますし、誰にでも開かれた宗派といえます。だから、日本で信者が一番多いのでしょう。築地本願寺も、建物は古代インドの様式ですし、お堂の中には誰でも入れますし、パイプオルガンやステンドグラスがあって、キリスト教会かと見まごうばかりです。イスラム寺院に似た雰囲気も味わえます。フレキシブルといえばいえますが、空海ファンの私としては、どうも軽すぎてねえ。そんなことより、最近の葬式離れ、檀家離れは、少子化=経営危機の図式となることが明らかですので、どんな形で宗教の存在価値を残せるか、いずれにしても、大改革が必要になってくると思いますが、どうでしょう。

築地や新富町の料亭街は縁もないので、チラ見しただけで素通りしまして、隅田川沿いに広がる湊地区に進入しました。このあたりには、紙工・印刷・製本といった関連する小さな会社が集まっていますが、街のほとんどは、バブル期による地上げ屋の暗躍で虫食い状態になってしまい、凄まじい光景を見せつけています。以前訪れた西新宿もひどかったですが、立地的に恵まれているので、再開発は時間の問題です。一方の湊地区は、海の向こう、佃・豊洲・晴海・台場・有明などの高層ビルを見ると、悲しくなります。


なぜそうなってしまったのでしょうか。この機会に考察してみました。この界隈は、銀座に歩いて10分と至近距離にあり、ウォーターフロント的な眺望にも恵まれているので、立地条件としては最高です。だからこそ、地上げの対象になったのでしょうが、幸か不幸か、戦災を免れたことで、戦前から続く街を守ろうとして、住民が抗い続けたことが、現在のひどい状況をもたらしてしまったようです。ようやく今年の10月、一部地区で大手デベロッパーの再開発が決まりましたので、いずれ、優良不動産の穴場的存在になるかもしれません。投資をするなら今のうち?(年末ジャンボ宝くじより確率は高いかも、と言う意味で)

今回の撮影では、大チョンボをしでかしました。もう帰ろうかというとき、ほとんどが露出オーバーなのに気づきました。単なる設定ミスというか、前回の設定のまま出かけたわけです。最初の2・3枚で気づきそうなものを、どういうわけか、何も考えずに、気分よく、バチバチ撮りまくってしまいました。あとの祭りです。帰ってから補正を試みましたが、ほとんど白とびしていて、手の施しようがありません。でも、せっかく撮ったものですから、失敗例としてアップしました。失敗は成功の・・と言いますから、いい経験をしたということにしておきます。

rojist




移転の話はあるけど、銀座と地続きだからいいんだよね。豊洲じゃねえ





人気のお店には平日でもこの行列。結構高いのに。若者はみんな貧乏だってマスコミで言ってたけど?
むさい男ばかりの市場で、華やか紅一点。どんな仕事をしているの?





いいの?隅っこで休んでいて。みんな忙しそうにしているよ
オレってカッコイイよね





思わずパチッ





築地場外はみ~んな古い。これがピッカピカのお店だったら、う~ん
築地川の門跡橋。生き埋め状態で放置。もう少し優しくしてやって





インドのような本願寺。中はもっとびっくり。明日からキリスト教会としてもイスラム寺院としても使えそう





草花は、おしゃれな家にもらわれても、下品な家にもらわれても、文句も言わずがんばらなきゃいけない。人間はぜいたくだ





その昔、勝鬨橋には開閉を知らせる信号があった
大型船が通ると、ここから左右に橋が持ち上がった





勝鬨橋から隅田川の上流を望む。ゼロメートル地帯なのがよくわかる
サビも、新しいデザインであり、新しい色彩だと思えばすごく新鮮だ





上手に新旧折衷ができている





このあたり、お店でなくても、ふつうに銅版葺きの家が多い
銀座総本店のあんぱんは酒種だけど、分家のここはビールホップ種を使う。これがまたオイシイ





ターレのある路地。ここから築地市場に出勤するのかな





やっぱりモミジは日本家屋によく似合う





鉄砲州稲荷。 「威張る時には神に捨てられ、 欲張る時には金に背かれ、 妬む時には友を持ち得ず、怒る時には己を失う 」
お久しぶりの金次郎さん。小学校のときの金次郎さんは本を読んでたけど





お店の裏にお稲荷さん。「あんじょう儲けてや」
ちょっと寂しい大川端





笹子トンネルの天井のボルトはこんな状態だったのかも
壊れかけた街は、壊れかけたラヂオより、タチが悪い




地上げにレイプされた街の路地は、かえって日当たりが良くなった
川向こうと川こちら、あまりにも対照的な土地利用の現状を見た





櫛の歯が抜けたような湊の街。中途半端な地上げはかえって迷惑する





けなげに咲いてくれ!寂しい町だから





何屋さんかわかりますか?ヒントは右の皮切れ
ブフッ!





佃島への船着場跡。昭和30年には、一日70往復した。東京オリンピックの年まで300年間も現役だったとは
湊から佃公園を望む





"peace"と連呼しても平和は来ない。衣食住の充足が平和の重要な必要条件だと思う

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  1. 2012/12/06(木) 12:43:10|
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代々木・千駄ヶ谷(2012年12月)


新宿御苑に行きましたが、中には入らず、周囲を一周してきました。まずは、ドラマ『傷だらけの天使』の舞台、代々木会館です。最近、最後のテナントも出てしまい、入口も封鎖されていました。来年あたり、いよいよ取り壊しでしょうか。廃墟マニア垂涎のスポットがまたなくなります。私は、もう来ることはないと思います。

廃墟ついでに、代々木駅に近い、千駄ヶ谷5丁目の一角がゴーストタウン化しています。古い住宅特有の、いい味が出ているのですが、2年後にはマンションになるようです。その日は、外国人も含めて、4人の人たちが、シャッター音を響かせていました。みなさん良く知っていますね。

次のスポットは、玉川上水の余水路跡の探索です。探しながら御苑のフェンスとマンションの間の隙間に迷い込み、しばらく歩いたところで、行き止まりになってしまいました。そこは、交番の裏の崖下でした。隙間を戻るのも嫌だったので、壁をよじ登って上の道に出れることは出れたのですが、コンクリート壁に膝を強打してしまい、石の破片がボロボロ落ちました。一瞬、自分の膝が落ちたのかと焦りました。

気を取り直して、新宿通り沿いにある大木戸門の横から御苑のフェンス沿いに歩いて余水路跡を見つけました。ここを水が流れて、国立競技場の横を通り、裏原のキャットストリートを通って、渋谷川に流れていたんだ、みたいなことをイメージしていたら楽しくなりました。以前、ブラタモリで放送された場所です。放送後、たくさんの人が民家の敷地に入ってきているでしょうから、住民にとっては迷惑な話です。人のこといえませんが・・・。余水路をたどって中央線の下まで来たところで、水路を通すトンネルの跡らしき場所を見つけました。

ちょうどその日、早明ラグビーの記念すべき100戦目が国立競技場であるので、千駄ヶ谷駅前はごった返していました。撮影をやめてラグビー観戦しようか迷いましたが、結局、あとで新宿のLABIに寄って、テレビ観戦をしました。記念試合らしく、最後の1秒まで、ドラマチックな展開で、やっぱりナマで見たかったな。

最後に、タカシマヤの前で、外国人家族が面白い自転車で散歩しているところに出会いました。お母さんが乗っていた自転車は前に巨大な幌付きのカゴのあるもので、お父さんと男の子が乗っていたのは、前が大人用で後ろが子供用のタンデム自転車でした。すごいカッコよかったので、しばらくお話をしました。アメリカ製とのことです。子供が大きくなったら使えなくなるなんて、ケチくさいことは考えないんですね。それもカッコいい。自転車の後ろのポールには旗を付けて、周りの自動車に注意を促していました。


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ピッカピカのドコモタワーの足元で、解体を待つ代々木会館





代々木会館横の立ち入り禁止区域で、怪しい外国人二人が密談中
既に立ち退いた一階のお店





息子のよく行くチェーン店。おすすめは金沢カレーだって
どこかの品評会に出したのだろうか。盛りは過ぎても、みんながんばってる





自然は卓越した絵描きだ。この色合い、思わずうなってしまった





新宿御苑沿いの味わいある町並み。と思ったら、建築計画の貼り紙。この辺り、2年後には巨大マンションになる





主のいない家を見るのはけっこうつらいものがある
こういう町には公明党の名前が多いような気がする





中国人が御苑の中でぎんなん拾い?中華料理にぎんなん使うからね
ねこの「見返り美人?」





新井白石終焉の地。不遇の老後を送ったといわれる白石でも、今なら豪邸に住んでいた
まぶしいくらい、屋根まで紅葉している





新宿御苑とマンションの間の隙間に迷い込んだ





こんなに狭い
突き当たりが崖だった。右側の壁をよじ登ったら膝をぶつけて痛かった





新宿の大家さん、内藤家の屋敷神、多武峯内藤神社。いわく付きの駿馬塚がある




玉川上水の余水を渋谷川に落とす水路跡。せせらぎの音が聞こえるかやってみたけど・・・





余水路はこの下を通って南に流れていた。煉瓦壁の上は中央線





余水路をたどってここまできたら、動物達からにらまれた
息子も娘も結婚の予兆すらない。どういう人が結婚できるんだろ





鳩の森八幡。都内で一番古い富士塚に登ってみる
富士塚の頂から神楽殿を望む。室内にあるのは珍しい





頂の祠。個人的には、神様は大きいより小さいほう、見えるより見えないほうが神様らしいと思う





面白いタンデム自転車に乗ってお散歩。アメリカから輸入したんだって
今日は寒いなあ





無機質な新宿副都心のビル群に、ちょっと季節をトッピング
前後賞合わせて6億円。宝くじ史上最高額だって。100万円なら600人に当たるのになあ


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  1. 2012/12/03(月) 10:45:18|
  2. 渋谷区
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