ロジストの路地街めぐり

路地にうごめく森羅万象に寄り添ってみたい。

道路がくる! (2015.11)

≪防災道路か地域の絆か≫ 新聞に特集された「補助29号線」なる幅20mの防災道路の建設をめぐって、品川区が揺れています。地元の懇談会では、「この歳になって動きたくない」「不動産屋が道路はできないと言うので、ローンを組んで家を建てたのに」「地域がバラバラになってしまう」「補償はどうなる?」などなど、心配の声が聞こえる一方、「延焼遮断帯は必要」「地域の絆は道路1本で壊れるほど弱くない」という声もあります。

東日本大震災のあと、東京都は木造密集地での防災道路建設を急ぎ始めました。補助29号線は、大崎の環6から馬込の環7まで、3.5kmの計画です。実は、終戦直後、70年前に計画されたものの、お蔵入りになっていたのが、防災道路に名前を変えてよみがえったようです。

子供の頃に住んでいた場所を通ることになるこの計画道路。ヒトゴトとは思えないので、実情を見に行ってきました。大崎駅近く、環6の峰原坂から出発です。改修されたばかりのキレイな道路です。改修に改修を重ねる。整形を繰り返す、整形マニアに似た所業です。

計画道路は、坂の途中から、住宅地の真ん中を突っ切って走ります。道路予定地というのは、現存の道路を拡幅するケースが多いのですが、なにしろ住宅が少なかった大昔の計画ですから、この道路、ほとんどが、住宅地の真ん中を通ることになるため、およそ400軒もが立ち退きをせまられることになりそうです。その中に、幼稚園もありました。

途中、買い物客で賑わう戸越銀座を横切り、また住宅地の真ん中を通って、宮前商店街に入ります。そこから、戸越公園駅をはさんで、中央商店街へ。長~い商店街の東側を拡幅することになります。その後も、馬込までずっと続きますが、疲れたので、途中で終了としました。

商店街では、おそば屋さんに話を聞きました。「これから10年以上もかかるんじゃないですか。賛成する人も、反対する人も、今まで仲良くしてたのに。ギスギスしてきて嫌ですね」。

「不燃化と道路建設は一体」という話をよく聞きますが、ほんとうにそうでしょうか。門外漢なので、科学的な根拠は知りようもありませんが、直感的には、20m程度の道路を造っても、風向きによっては延焼はなくならないでしょう。少なくとも、建物の完全不燃化を同時に進めるべきではないかと思います。不燃建材の開発や不燃建物への税金免除など、延焼を防ぐより、燃えない街づくりを進めてほしいと思いました。

直近の区長選挙でも、道路建設賛成派の候補が圧勝しました。投票率は驚きのわずか23%、区民は防災にも道路問題にも無関心だったことがわかりました。

撮影から1年が経ってしましました。過ぎ去った秋をお楽しみください。

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山手通りから峰原坂を​望む。計画道路はここ​を出発点に、この坂を​上る。歩道が改修され​たばかりなのに





都会の暗い路地には、​空の青さがまぶしい。​この路地も拡張工事で​、なくなる運命にある




いつの頃からか、街中​に交通誘導員があふれ​てきた。必要性を実感​することはないが




正岡子規曰く、夏の雲​は岩の如く、秋の雲は​砂の如く。すっかり秋​の雲に入れ替わった




道路がくれば、移転せ​ざるをえない大崎幼稚​園。樹木に覆われた庭​も、初めの一歩に戻る​のか




歳をとると3本足にな​ると言われてきたが、​最近は6本足になった




この公園を20m道路​が縦断する計画。道路​と公園、どっちが大事​?結局は、道路が大事​ということらしい




戸越幼稚園。すぐ右側​を20mの幹線道路が​通る計画になっている​。子供が危ない目にあ​わないことを祈りたい




道路拡張賛成派と反対​派、一騎打ちの区長選




階段と坂道、どっちが​しんどい? 足首がいつも曲がった​ままになるので、坂道​のほうがしんどいと思​う




秋祭りの季節がやって​きた。物価高のこの頃​、神輿パワーで豊年満​作になって、物価が下​がるといいな




子供の頃、近所の「八​幡さま」は特別な場所​で、そこだけにあると​思っていた。あとで、​全国そこらじゅうにあ​ることがわかった




道路計画のあるところ​、必ずこういう人がた​むろしている




両親が他界すると仲た​がいする兄弟姉妹が多​い。一つ穴のムジナ?​なんだから、仲良くし​ようね




格子模様に日焼けして​る人、見てみたい




延焼火災を避けるため​の一時集合場所?こん​な所に一時避難したら​焼け死んじゃうよ。オ​ンブズマンよ、公費の​使い方にダメ出ししな​よ




子供のころ毎日遊んだ​戸越公園。武家屋敷に​入るようなワクワク感​がある




宙に浮いているみたい​に透明な池。自分の影​にビックリしているカ​メ




古い商店街には、古い​お店が多い。そういう​お店に古いお客さんが​来る。それなりに好循​環サイクルができてい​る




昔、子供たちであふれ​ていた宮前小学校も、​今は静か。1学年1ク​ラスしかないから




商店街には幾筋もの路​地があり、路地には緑​があふれている。そう​いう、都市の原風景が​、防災計画の名のもと​に、消えようとしてい​る




老犬になると目が回っ​て倒れる病気にかかる​ことがある。どんなに​可愛いワンちゃんも、​自分より早く介護が必​要になることを知って​おきたい




50年かけて変わった​のは自動改札になった​くらい?乗降客数が増​えないと、投資もでき​ないね




この辺りも20m道路​になる予定。道路が拡​張しても街が栄える保​証はない。でも、道路​が拡がれば、住民間の​距離も拡がるような気​がする




数年かかって少しずつ​空き地が増えてくるの​が用地買収の常套手段​。ひとおもいに首を絞​めてくれたほうがお互​いに楽だろうに




千円ガチャで夢を買え​るらしい。モノより、​「現金10万円が当た​る!」のほうがウケる​と思うけど




ペット用品や靴まで洗​うバカがいる。中に入​って記念写真撮るバカ​もいる。メンテもされ​ず細菌の巣と化してい​る。中国食品より怖い​かもしれない




「26号線通り」と奇​妙な名前が大崎高校の​地下を通る。目黒通り​から大井町駅前までつ​ながる予定。環6と環​7の間、環6.5。何​本環状線造るつもりだ​ろう




戸越銀座から八幡坂を​望む。交通渋滞はまっ​たくないのに拡幅され​る予定。それより、人​通りの多い戸越銀座を​横断することのデメリ​ットのほうが大きい




学校帰り、「ママ、少​し遊んできていい?」​と聞いていた。荷物を​家に置いてから遊んだ​ら?


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  1. 2015/11/17(火) 08:19:02|
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大井でトゥインクル (2013.10)

前回の馬事公苑に続いて、今回のテーマも馬です。突然馬好きになったわけではありません。たまたまです。

たまたま、16日の夜、大井競馬場で「ハイセイコー記念」レースが行われることを知りました。このレース、元々は青雲賞という名前でしたが、ハイセイコーが記録した優勝タイムが、40年経った今日まで破られていないこともあり、この国民的スターの偉業を称え、「ハイセイコー記念」に改められたそうです。

そもそも大井競馬という地方競馬出身の馬が、中央競馬に出ること自体が至難のことです。それも、中央競馬の頂点にまで登りつめてしまったのですから、日本中が驚愕至極のできごとでした。時は高度成長期、誰もが自分の人生とだぶらせてハイセイコーの活躍を応援しました。日本国民のあこがれの星でした。わずか3年間でしたが、その頃はジャイアンツより人気があったかもしれません。あの頃のことは、今でも覚えています。

懐かしさから、ハイセイコー記念を見に行こうと思ったのですが、当日は、台風26号の直撃で、夜半から朝にかけて暴風雨が吹き荒れました。ほぼ諦めていましたが、午後になって、引き続き風は強いものの、陽もさしてきましたので、思い切って出かけることにしました。

80年代、事務所のあった浜松町から大井競馬場まで、モノレールで2駅でしたから、会社帰り、男女数人が連れだってよく遊びに行きました。全員が競馬新聞を丸めて持ち、耳に赤ペンをはさむのがお決まりのファッションでした。勝った人が浜松町に戻ってからみんなにおごるというルールもありました。楽しかった思い出があります。

結局メインレース発走まで待てずに帰りました。光量不足もあり、また流し撮りもうまくいかず、がっかりでした。でも数十年ぶりの競馬見物を十分楽しめました。

ダートの白砂がライトに映えてキラキラ光り、まさに「Tokyo Twincle」しています。昼の競馬はギャンブルですが、夜の競馬はエンターテイメントでした。

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地方の星、庶民の星、ハイセイコーの雄姿。引退記念のCDで唄われた「ありがとう、友よ、さらばハイセイコー」。また会いにきたよ




競馬場の隣に馬の宿舎がある。カッポカッポとのんびり歩く音が響く。糞の匂いが不思議に高揚感をかきたてる




さあ、競馬場に到着。指定席を買わなければ、入場料100円で一日中熱闘観戦ができる。すごいコスパだと思う
陽がまだ高いのでパドックもまだのんびりムード。西日を受けて光るトモが美しい




場内には予想屋のブースがたくさん。人の意見を聞きすぎると余計に迷ってしまうのが人間




勝ちそうな馬を決めたら、連勝複式のマークシートに記入。迷うのも含めて楽しい時間
馬券を自動販売機で買う時代。競馬場に女性が多いのもこの時代




ゲートが開きました!横一線のスタートです!




夜半から朝まで風速30mの台風だったので、ダートはまだ重馬場。蹴り上げた砂もちょっと重そう




ライオンヘアがいいね。馬を見るときの女は野生の匂いがする




パワースポット通いが女子の一番の開運行動らしい。だからパワースポットがどんどん増える
昔は特別なとき「よそ行き」を着た。今は「勝負服」「勝負下着」を着る。でも勝ち負けにこだわり過ぎると結局負けることが多い




馬は筋トレしないのに、筋肉がしなやかでムダがない。躍動美。実に美しい




地響きが伝わってきた。ムチが入った4コーナーからが本当の勝負。人生も同じ




寒くなってきたのでみんな室内へ。一番高い指定席は1人1万円。ちなみに、中央競馬の一番高い席は3千円。恐るべし地方競馬
オッズが気になるお年寄り。退職金をつぎ込むギャンブル依存症の高齢者が多い。仕事で得られなかった興奮に酔いしれる。いつ止めるの?今でしょ




レースが終わるたび、ただの紙切れとなった馬券が乱れ飛ぶ。日本国債がこういうふうにならなければいいけど




夕焼け空は赤くない。白・灰・橙・黒、実にたくさんの色。彦魔呂風にいえば、「夕焼け空が雲のちらし寿司や~」




陽が落ちてくると腹が減るのかな。どんどん人が集まってきた。メニューは糖質と脂肪のオンパレード
こちらも昭和テイストのお店。ハムカツがなつかしい




暮れ時の女子は誰でもきれいに見える。でも夕日はあっという間に落ちてしまう




失われていた、もうひとつの月が姿を現した。月が月になれなくても、もうひとつの月としての生き方がある。それもまた尊い




スタートは混沌としていても、いずれ雄雄しい姿として現れればいい




スローシャッターではブレるのに、人間の目はスローでもブレないのがすごい。でも私の目はいつもブレている




馬は負けると泣いたり、暴れたりする、負けた相手も覚えているらしい。競争心があるということ。本番に弱い馬もいるところが人間っぽい




競輪・競艇・麻雀・パチンコ、競馬もギャンブル。だけど競馬が一番不確実性が高い。愛と信頼が勝つ条件に加わるから。そこに品格を感じる

  1. 2013/10/18(金) 14:03:16|
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小さなシムシティ大崎をぐるっと(2013.9)

大崎駅を降りると、どこもかしこも工場だった。明電舎のような大きいのもあるけれど、だいたいは小さな町工場だ。ソニーだってそうだった。あちらこちらから、チュイーン、チュイーン、カシャカシャという、油まみれの機械音が聞こえてくる。背の高い万年塀が視界を遮り、街は年中暗くて、どんよりとした空気に覆われている。色のない街。どの万年塀も安普請のせいで、たわんでいる。いつ倒れてくるかわからないから、自然と壁から離れて歩いてしまう。放課後、「においガラス」と子供達が名づけた、甘ったるい匂いのする樹脂の棒が捨て置かれているのを探しにいく。住んでいる街からは遠いけれど、あまり苦にならない。きれいなものが見つかれば、友達に自慢できるから。しかし、ここに数時間も居ると、機械油の臭いが服に染みついてしまい、帰ってから母親に、「また大崎に遊びに行ったのかい、すぐに銭湯に行ってきな」、などと言われてしまう。高度成長期とはいえ、庶民はみんな貧乏だった。

昭和30年代の大崎は、こんな街でした。そんな大崎も、円高やバブル崩壊の局面で、工場が次々と、地方や海外に移っていきました。その跡地が再開発され、今や高層ビルが林立する一大ビジネスタウンに変貌しました。再開発の前、山手線でも、田端や駒込と並ぶ乗降客数が少ない、寂しい駅のひとつでしたが、埼京線やりんかい線も通り、活気がでてきています。

それでも、昔を知っている人間としては、大崎=先端ビジネス街が、どうしても結びつきません。なぜ大崎なの?品川の隣なのに、品川より家賃が格安だから?ただそれだけのような感じがします。

そんなわけで、半世紀以上経った今日、久しぶりに大崎を撮り歩いてみました。駅前は、再開発されていて、昔の面影はまったく残っていませんが、駅からわずか200メートル離れると、昭和の世界にタイムスリップできます。再開発地域は意外にコンパクトでした。この街を形容すれば、シムシティ的箱庭、あるいは、試験管タウンでしょうか。

あわてて乗った山手線が大崎止まりだったりすると、がっかりして、運の悪いのを大崎のせいにしてしまいがちです。オシャレな人たちが好んで集う街でもありません。こぎれいな高層ビル街を、ビニール袋をぶら下げて歩いている近所の人がいます。それでも、不思議に違和感がない、なんとも、愉快で、やっぱり、大崎は庶民の街でした。

rojist







尖ったもので指をさせば血が出るように、雲をつつけば雨が降るといいのに








再開発地域はすべてのビルが歩道橋でつながっている。つながっていなければ仲間じゃないよと言っているように。でも孤立しているのはそっちかも
目黒川の向こうに拡がる別世界。目の前の境界線を越えるか越えないかで、まったく別の人生になってしまうことって、けっこうある








開いたままの口から反芻され続けるサラリーマンは汗臭かった
大崎といえばソニーだったけど、このビル1000億円余りで売却された。官公庁の物件は、なぜ二束三文でしか売れないの?








噴水が炭酸水に見える。熊本や大分には、炭酸水の湧き水が流れている場所がある。炭酸好族の天国は電車でいける








「階段ランチ」を楽しむ人たち。こういう場所をデザインした人に拍手を送りたい








「おひとりさまランチ」できることが自立の第一歩という見方もある
喫煙タイムを労働時間にカウントするかどうかでもめている。そもそも仕事を時間で評価するのをいつまで続けるの








キリン柄のクレーン車があるそうだ。すべての建設機械を動物柄にすれば、都心はジュラシックパークになる








透明感のある人って、相手の内面も見透かしてしまうかも。そんな人がいたら、さぞストレス溜まって生きていられないだろう
排泄行為中、動物は警戒心をもち、人間は羞恥心をもつ。犬の気持ちになれば、恥ずかしくなくなるかも








シドニーにて。仕事を終わって真っ直ぐ帰宅する人はいない。毎日パブに寄ってワンパイント飲んで、バカ話して、さあ帰ろうと。日本と違って飲み方もドライだった








カメラ小僧には有名らしい、百反歩道橋。ひっきりなしに電車が通るので、ずっとからだが揺れ続けていた








3重に立体交差する鉄道はほとんどないけど、地下空間では、たくさんの地下鉄が多重交差している。アリも住みにくい都心の地下
自動車も電車のように、アルミ化を進めればいいのに。樹脂化だけは勘弁してほしい。東独時代のトラバントみたいでは車じゃない








水遊び用オムツなら入れるプールもあるそうだ。漏れないっていうけど、福島だって漏れるんだから。目や口を開けて泳ぎたくない








創立95年の芳水小学校にて。一輪車は体幹バランスのトレーニングにいいかも。ひとりぽっちの子が寂しそう








再開発前は、駅前でもみんなこんなだった
「努力は必ず報われるは間違い」(東進ハイスクール:林先生)、「努力でも解決できないことがある」(曽野綾子の近著)。必ずは存在しないから努力し続ける








壁にへばりつく、むき出しの根塊と壁を這う根。からからになっても生きている。人間だってどこでも生きていける








高層ビルが林立する再開発地域。下駄履きで、買い物袋もってビルに吸い込まれる。大崎はやっぱり庶民の街
ソニービルの前も、お散歩コース








TSUTAYA+STARBUCKS大崎駅前店。単独でなく、複合でもなく、融合なのが新しいし、おもしろい




  1. 2013/09/04(水) 07:54:57|
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品川宿で足マメできた (2013.5)

江戸五街道の宿場、品川を歩きました。これまでに、新宿(甲州街道)、板橋(中山道)、千住(日光・奥羽街道)の宿場跡を歩きましたので、江戸から数えて最初の宿場としては、今回の品川が最後になります。

品川宿は、現在の京急・北品川から青物横丁までの、わずか2kmです。それでも、昔と変わらぬ道幅、お店のたたずまい、舟だまりに路地裏の住宅、そして、狭い場所におよそ30もある寺社、などなど、見どころがたくさんあり過ぎて、往復するのに5時間もかかってしまいました。おかげで、こんなに小さな街を歩いただけなのに、足にマメができました。

しかし、時間をかけたわりには、没写真が多くて残念でした。スナップは出会いが大事ですが、間が悪いことも、運がないこともよくあります。でも、そこは感性とウデで克服しなければいけませんね。ということで、また機会があれば再挑戦したいと思います。

これはほかの宿場跡でも感じたことですが、やたら看板や石柱が目立ちます。名所旧跡を知らせる看板を立てておけば、観光客も来てくれるだろうみたいな、そんなお茶を濁したやり方って、虫が良すぎませんか。ファストフードや原宿ファッションを求めて品川宿に来る人はまずいません。歴史のある街の雰囲気を楽しみたい人がほとんどでしょう。それなのに、看板を見るだけで満足する人が、どれだけいるでしょうか。

とくに、宿場街がウリであるなら、少なくても、街道筋の商店は、すべて町屋造りにするなど、景観の統一、美化、保守については、自治体や第三セクターが関与してはどうでしょう。町民が観光事業に出資するのもいいでしょう。せっかくの資産ですから、最大限に活用できるようにしなければもったいないと思います。期待しています。

rojist




足立・練馬は不人気、品川・横浜は人気。これ車のナンバープレート。世田谷や茅ヶ崎があったらプレミアムつくかも



品川沖から八ツ山橋に上陸したゴジラ。今だに核はなくならない



数え切れない人が重い気持ちで歩いた東海道。いま、歴史が軽くなったように感じる



1日2杯のワインと20個のアーモンドが健康の秘訣と信じ込む人がここにいる



非日常の賞味期限は短い。だから豪華客船の長旅より、屋形船のちょい旅が好き



路地にはたくさんの電線が降りてくる。電線に乗っていろいろなものが降りてくる、住人の頭の中に



北品川橋より。田舎で水に出会うより、都会で水に出会うほうがなぜかうれしい



夜景を好きな人は多い。アラやスネ傷を隠してくれるから



家光「海近くして東(遠)海寺とはこれいかに」、東海寺の沢庵和尚「大軍を率いても将(小)軍と言うがごとし」
殖産興業の名残りがレンガ塀から偲ばれる明治の世



東京都が弁当の路上販売を規制強化している。でも路地では今日も弁当屋さんが店開き。梅雨どきだから気をつけて



名工長八の作による漆喰こて絵の龍。しかしこんな野ざらし状態では風化して剥げ落ちるのは時間の問題。文化財保護はお寺任せにするな!



有名店は外見じゃない。コテコテの大阪おばちゃん達も並んでいた
企業の短命化が進むなか、和装履物で150年。タバコ屋を兼業するところから、形にとらわれない、馴染み作りに秘訣ありとみた



♪君がいた夏は 遠い夢の中 空に消えてった 打ち上げ花火♪ もうすぐ夏祭り



路地を撮りたいのに、なんでこの場所で長電話?
難病で逝ったファンの少年を元気づけようとホームランを打ち続けた若き日の王貞治。初のホームラン王に。少年と王さんの友情の印



見上げたら目があってしまった。怖かった



あなたは、コーヒー一杯にいくらまで出せますか?



普通のレンガ塀に見えない。しばらく考えていたけどわからない。何に見える?
しばり地蔵。祈願する人は首を持ち帰り、成就したら2つにして奉納するという。ちょっとムリ、ついていけない



「お休み処」なんて粋だね。リヤカーより、もう2つくらいイス置けば?



創業234年、畳屋さんの商売道具が店先に。特別なことなんて何もない、普段どおりの感じがいい



まるで巨大なラテアート。万物が生々流転する姿を絵にすればこんな感じかな



神社の鳥居や横綱の化粧回しで馴染みのある紙垂(しで)。結界を表わす。最近は危険なものが空からくることが多いから?



モアイ像のような巨大な墓石群の一部がずれている。311の脅威がここにも



ここにもまた「お休み処」。この優しさは◎。できればイスは歩道の奥側がいいと思うけど
太陽の光がいつも七色に見えたら。間違いなく気が狂う



女は一生に何度も脱皮する。お転婆娘も、もうすぐ別人に変身する。女の人生は男の何倍も忙しい


  1. 2013/05/30(木) 09:28:41|
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大井・大森(2012年9月)

今回は大井町です。私が小学生の頃、大井町には父の勤め先があり、当時住んでいた戸越公園から2駅目と近いこともあって、時々父の勤め先に遊びに行って、お菓子をもらったり、コマを回して手に乗せて走り、止まったら、その場でまた回して走り、大井町駅前の阪急デパートをタッチして戻ってくる競争みたいな遊びを、何十人かでやっていました。以来訪れたことはなく、50年以上経ってしまいました。懐かしさにウルウルするかも、と期待しながら行きましたが、感激することは特にありませんでした。歳のせいでしょうか。街が大きく変貌してしまったせいかといえば、そうでもありません。洗練されないまま、尖った特徴もない街でした。

大井町駅前から新しい4車線道路が延びていますが、用地の買収が進まないため、ほんの300mで途切れたままになっています。役所は単年度予算なので、予算がおりたらおりただけ工事をします。結果、醜い外観がいつまでも続くことになります。そのうち環境が変化して、もっと良い場所や工法が見つかっても、一度始めたものは変えられません。公共事業のあるべき姿がまだ見つからないのはなぜでしょう。

大井1丁目から7丁目までの住宅地をぶらぶらしながら大森貝塚を目指しました。大森貝塚は東京育ちなら、誰もが学校で習うので知らない人はいませんが、初めて現物を見ました。近くに居た親切なおじさんに教えてもらった、貝塚発見の由来が興味深かったです。貝塚発見で有名なモース博士が電車に乗っていると、大森駅を出発した電車が、まだスピードがでないところの土手に、貝塚が露見しているのを見つけたとのことです。1年前に大森駅ができなければ発見はおそらくずっとあとになったでしょう。世紀の発見は偶然が重なることが多いといいますが、それを見逃さないセレンディピティはもっと大事です。写真でも同じです。セレンディピティの本質である好奇心が強くなければ、シャッターチャンスを逃してしまいます。ますます好奇心を磨かなければと思います。

今回、初めて80~300ミリ(35ミリ換算)のレンズだけを使いました。カメラを買ったときキットで付いてきたものです。ところが慣れないせいか、構図が窮屈になったり、F値を調整しても被写体深度が浅かったり、なかなかうまくいきませんでした。そんなわけで、撮れた写真はいつもの1/5くらい。もっと練習を積まなければいけません。

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大井町駅前、飲み屋街の朝。2筋ある東小路はまだ呼吸していない





大井町線の高架下。駅近なのに、この寂びれようは悲しいとしかいいようがない





大井町駅の正面から4車線の新しい大通りが、わずか300mで途切れている。ここでも用地買収がうまくいっていない
光学通りを行くと、やはりあのカメラメーカーの工場があった。旧社名がなつかしい





どこの路地でも決まりごとのように水入りペットボトル。でも猫避けの効果は期待できないそうだ。ここにも都市伝説
ひさしの下から根っこが生えている。屋根の上は見せられない





歳をとっても、背筋をまっすぐに、気持ちもまっすぐに





路地と井戸とHONDA ジュリオ。なんともレトロな組み合わせ




 
大森貝塚を発見したモース博士。見るからに理知的な顔をしている。自分の顔には責任を持たないといけないね




 ホンモノの貝塚の地層。意外に浅い?何年くらいだろう

  1. 2012/09/28(金) 09:06:52|
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Author:rojist
東京生まれ東京育ちなのに、知らない東京ばかり。ヒマだし、カメラ買ったし、ボチボチぶらぶら散歩してみようかな。気が向いたときに。

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