東京路地ランキング

文化遺産として残しておきたい路地をランキングしてみました

ファイヤーウォール (2015.7)

都営の団地にはどれも「アパート」という名前が付いています。なぜ「アパート」と呼ぶのかわかりませんが、「アパート」だからこんなもんだろうと、勝手な想像をしていると、その大きさに戸惑ってしまいます。その代表格が「白鬚東アパート」です。

浅草から見て、隅田川の「向こう岸」だから向島と呼ばれる地域があります。明治の世には、花街として栄えた街がいま、都内で最も災害危険度の高い地域として、東京都から指定されてしまいました。元々ゼロメートル地帯だった低湿地が、戦後急速に宅地化され、今では老朽化した木造建築物が密集していますから、あらゆる災害の危険にさらされています。

そんな地域にあるのが白鬚東アパートです。このアパート、通の間では超有名な建物らしいです。ということで、実際に見たくてやってきました。とにかく巨大です。どこまで続いているんだろうかと思うくらい巨大です。アパート下に地図がありました。13階建ての建物が18棟、隅田川に沿って、南北に1.2キロメートルも途切れなくです。まるで巨大な壁です。全景を撮りたくて一周歩いてみましたがムダでした。巨大過ぎて、空からしか撮れません。

最初に気づいたのが放水銃です。各階のあちこちに設置された銃がこちらを向いているので、少し緊張します。各階のベランダ上には火災から部屋を守るシャッターが内蔵されています。各棟の間にも、鎧戸のようなシャッターが、地上から屋上まで縦に繋がっています。徹底的に防災しようという執念を感じます。建物がひとつの巨大な壁と化して人の命を守っているのです。いうなればファイヤーウォールです。屋上には巨大な黄色い水タンクも見えます。備蓄専用棟もあります。建物は深い洪積層まで杭を打ってあるので、関東大震災規模の地震でも大丈夫だそうです。まさに鉄壁の守りです。

ファイヤーウォールはすばらしい設備で固められていました。十字軍の鎧のようです。住人はさぞ安心して暮らしていることでしょう。それなのに、団地下にある商店街は平日なのに、シャッター、シャッター、シャッター、ほとんどがシャッターです。興味はそちらのほうに移っていきましたが、微妙な問題なので、住人に聞くわけにもいきません。

一方、鉄壁の守りにかけられた費用や毎年の維持費もたいへんな額だと思います。都営だからできるのでしょう。民間でこれだけの設備を整えたら、それこそ買える値段にはなりませんし、管理費も半端じゃないことは想像に難くありません。防災にしても防犯にしても、心配しだしたらきりがありません。安全安心をお金で買うことができれば、それにこしたことはありませんが、おのずと限界があります。せめて、毎日の心がけは忘れないようにしたいと思います。

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10万人以上の死者を​出した関東大震災。悪​夢は1923年9月1​日の12時頃に始まっ​た




地震直後に発生した火​災の炎と煙で太陽が隠​れたという




スカイツリーがドング​リの背比べをしている​ように見える、隅田川​の墨堤の東。震災の被​害が特に大きかったと​ころにその団地はある




団地の横にわかりやす​い地図があった。茶色​の部分がそれ。120​0m途切れなくつなが​っている




海より低い、川より低​い下町に、都民の約3​割が住む。それだけ住​民の防災意識は高い




防災団地を一周したが​、長大すぎて全景が撮​れない。この2倍の長​さが全部つながってい​る




そこで国土地理院の地​図を参照。橙色が白鬚​東アパート。その左側​、隅田川との間に10​万人が避難できる公園​がある。右側には木造​密集地域が広がる




棟と棟が防火シャッタ​ーでつながる。左上部​の緑色部分にも防火シ​ャッターが内蔵されて​いる




ここにもつなぎのシャ​ッターが。とにかくシ​ャッターだらけ。団地​下の商店街も違う意味​でシャッターだらけ




参道の先、団地の下を​通った先に隅田川があ​る。その川縁に水神が​祀られている。なにし​ろゼロメートル地帯、​これだけシャッターで​囲まれていれば、隅田​川が氾濫したら巨大な​プールになるかも




1棟に数ヶ所、監視塔​のような出っ張りがあ​り、そこに放水銃が設​置されている。下を歩​くと、狙われているみ​たいで、緊張する




道路があっても上でつ​ながっている。防災備​蓄棟の屋上に巨大な通​信塔。普通のアパート​にはありえない光景




緑色の巨大ダクトが屋​上まで、いや、屋上か​ら地上まで?なんだろ​う




延焼防止用のドレンチ​ャー(黄色い水槽)が​各棟の屋上にある。こ​れだけ徹底すればここ​の住人は安心だろうが​、隣の密集地域の人た​ちはどう思うだろう




防災公園のヒマワリが​変。日焼け?炎焼け?​わあ、怖い連想をして​しまった




心を鎮めるため、ファ​イヤウォールのすぐ近​く、向島百花園に立ち​寄ってみた




華のある人とない人の​違いがわかったような​気がする。目標に向か​って一生懸命やってい​る人には華があるから




若い頃からずっと逆ら​ってばかり。イエスマ​ンだったら、もっとい​い人生が送れたとでも​いうのか




自分の足で立てなけれ​ば、何にでも助けを求​める。ギリシャみたい​なツル。ちょっと苦し​そうだけど




おまけのボケ写真。「半夏生」、見た目は​「半化粧」。絶対見た​くないもの、デパート​の化粧品売り場で半顔​メイクしている女性

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  1. 2015/07/15(水) 10:29:18|
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東京大空襲 (2015.3)

ちょうど70年前の3月10日、東京は焦土になりました。サイパンを飛び立った300機のB29爆撃機は、未明に低空飛行で東京下町に来襲し、雨あられと焼夷弾を落としました。無差別に。火災旋風が吹き荒れて、わずか2時間半で10万人の命が奪われました。焼失家屋約27万戸、被災者100万人。東京には、こういう爆撃が、敗戦の日まで、130回も絶え間なく続いたといいます。

市民を戦争に巻き込んではならないという戦争ルールがありましたが、まずナチスドイツと日本がこれを破りました。ホロコーストであり、南京での虐殺がそれです。続いて、イギリスがドイツの敗北が決定的になった後のドイツ・ドレスデンで無差別爆撃を加え、3万人の市民が犠牲になりました。市民を恐怖に陥れて士気を挫くことが目的であったと記録に残っています。その同じ目的で、アメリカが日本に対しても同じことをしたわけです。そして、原子爆弾・・・・。

戦争にはルールなど存在しえないことの証左です。しかし、戦後の東京裁判で、日本軍が行った虐殺が「人道に反する行為」であったとされましたが、英米による無差別爆撃は「人道に反する行為」とはされませんでした。人類の歴史は勝者によってのみ作られているからです。歴史を学ぶときは、そういう事実を忘れてはいけないと思います。

「東京大空襲から70年」という新聞記事を見て、墨田区を歩いてみました。一番被害が多かった地域だからです。すみだ郷土文化資料館には企画展が、墨田区役所には手作りモニュメントが飾られていました。戦禍にあった二葉小学校や、以前行ったことのある横網公園の復興記念館にも足を運びました。筆舌に尽くしがたい無残な光景の数々に向き合っていると、息苦しくなってきて。呼吸を忘れていたことに後で気がつきました。

戦争体験者が、だんだんと少なくなっています。吉永小百合さんが「戦後何年!という言い方が…ずっーと続いて欲しい!」と言っています。悲劇を風化させないために。

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なお、掲載した絵画はすみだ郷土文化資料館の所蔵、写真は復興記念館の所蔵です。




すみだ郷土文化資料館で東京大空襲の展示会が開かれていた




東京への空襲は130回を数えた。戦争ルールを無視した、無差別絨毯爆撃の是非も不問にふされた。何もなかったように




東京だけでなく、全国66都市がB29の標的にされた。地図から日本を消すために




3月10日未明、隣町が燃えて、たくさんの人たちが本所の二葉国民学校(当時)に難を逃れた




そこに火災旋風が吹いてきて、この惨状に




現在の二葉小学校にはモニュメントが見当たらない。戦争の傷跡を残したい人もいれば、忘れたい人もいる




言問橋の炎上。ここで家族全員を亡くした人の鬼気迫る絵。その日の記憶、消したくても消せない。その日の火災のように




へその緒で結ばれたまま天国に行った母子。今度は一緒に平和な世の中に生まれてこようね




燃えてしまった我が子を前に、ただ呆然と立ち尽くす身重の母




焼夷弾の熱に追われて川に飛び込んだ人たちがみんな死んだ。私でもそうしていただろう




遺体で埋め尽くされた大横川。遺体を人間らしく描けないほど黒こげになった




B29によって焦土と化した東京の街。米国の資料によってのみ、この惨状を知ることができる皮肉を嗤う




大空襲から9日目の浅草。絶望の縁から落ちない日本人ってすごい!




銀座方面が爆撃された瞬間。明日になれば、すべてが焼け野が原になる




浅草から隅田川をはさんで江東区まで、ず~~~~~~と、なんにもなくなってしまった




焼けた痕は、鉄だか人間だかわからないくらい、こんな塊になった




親子が一緒に・・・。慰めにもならない




横網公園のモニュメント。斜面の花は命を象徴している




すみだ区役所の大壁に「平和祈る翼」。東京大空襲から70年の今年もまた。風化させてはならない惨禍だから




近寄ってみたら小さな折鶴で作ったオブジェだった




千羽どころか9万羽もいる。祈りの強さを感じる。なのに、簡単に他人の命を奪う人が増えている。ただただ悲しい




ハトじいさんはどこにでもいる。自分に寄ってくる人が少なくなると、動物が好きになるのだろう。先日「孤独の価値」という本を読んでみた




なに不自由なく好きなことをやれる、そんな人生なら30年で死んでもいい




吾妻橋に戻ってきた。自撮りしている人のカメラで記念撮影の観光客。意味わからない




覗き穴があると、どうしても覗きたくなる気持ちって、異常?それとも正常




意味不明のオブジェがいたる所にある。意味を考えるのも面倒だし、意味を説明されたくもない。ただ、在る、だけでいいのかも




長いもの、高いものを撮るって、けっこう難しい。枠に収めようとすること自体が間違いなのだろう




人力車夫もイケメンじゃないと客がつかない。イケメンというだけで得することって多い。これも格差?格差嫌いな人はなんでも格差に結び付けてしまう




歩き疲れたら、浅草駅前の、あのバーで一休み


  1. 2015/03/06(金) 09:44:07|
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討ち入り凱旋ロードは、いま (2013.12)

12月14日は、赤穂や東京は言うに及ばず、日本列島各地で、赤穂浪士を偲ぶ催しが行われます。310年を過ぎた今でも浪士たちの人気は衰えを知りません。

なぜこれほど人気があるのでしょう。よく言われるのは、江戸庶民の判官びいきの気質のせい。今風に言えば、半沢直樹の倍返しに通じるものがあるのかもしれません。それも、47倍返し。ただ、判官びいきといっても、すべての弱者に同情するといった気質ではなくて、カッコいいのに敗者になってしまった人に対する同情に近い感情です。あるいは、権力に対して反抗できない時代にあって、死を賭して権力にあがらった行動に対する喝采なのかもしれません。あるいは、武士道における忠義が地に落ちた時代にあって、かたき討ちという違法を冒しても忠義を全うした行動に対する喝采なのかもしれません。大石内蔵助の辞世の句、「あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」に、その気持ちが素直に現れています。

しかし、ここで少し違った角度からこの事件を考えてみると、また違った面も浮かび上がってきます。例えば、討ち入りに参加しなかった80%以上の浪士たちの人生です。参加しなかった理由はいろいろあるでしょう。怖いから、意味がないから、養わなければならない家族がいたから、などなど。そういった浪士たちの多くが、幕末まで、そしてときにその子孫まで、周囲から厳しい批判の眼にさらされてきたことです。自害してしまった人までいたそうです。討ち入りに参加した浪士たちも、ここまで大騒ぎされるとは思ってもみなかったでしょう。

自分の行動が自分の思いとは違った方向に影響を及ぼしてしまうことはよくあります。浅野内匠頭もそうです。私怨に心を乱したために、多くの身内の人生を狂わせてしまいました。戦前戦中の施政者たちもそうです。国のために死ぬことが美徳の時代でした。そしていま、隣国との関係がぎくしゃくしています。国内でも秘密保護法が公布されました。国は国民を守るためにあるのか、国民は国を守るためにあるのか。それともほかに解があるのか、じっくり考えてみるのもいいでしょう。

討ち入り後、浪士たちは、両国の吉良邸跡から高輪の泉岳寺まで、12キロを歩いて凱旋しました。浪士たちは、途中何を見ながら、何を思いながら歩いたのでしょうか。そこで、この日、この凱旋ロードを辿りながら撮り歩くことにしました。といっても、東銀座から泉岳寺までは地下鉄で楽をさせてもらいましたが。このルートは、過去数え切れない人たちが歩き、そして本やブログに紹介してきました。似たようなカットであれば、載せる意味もありませんから、ちょっと視点を変えたり、途中寄り道をしながら楽しいアルバムつくりをめざしました。

泉岳寺では、若くして殉じた浪士たちのお墓にお参りしました。線香に煙るお墓を見ながら、自分は美しい命の燃やし方ができているだろうか、考えてしまいました。

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好々爺に見える吉良さん。年寄りは、自分じゃ人の役に立っていると思っても、そうじゃない。長生きしてもいいから、もっと謙虚に、もっと感謝を。私も含めて




吉良邸跡は、今日も超満員。もっと広くしとけばよかったのに
切腹させられた浅野さんや浪士たち、切り殺された吉良さん、どっちが人生を全うできた?どっちもできてない。運命のせいにもできない。平々凡々で満足しよう




討ち入り後、回向院に冷たくあしらわれた浪士たち。その回向院は今も隆々としている。世の中情に棹させば流されるってこと




2013年の犬の漢字名ランキング。オスは空、小太郎、福、メスは小梅、姫、花。好きにしたら
お墓参りにも作法があるらしい。過不足のない作法は気持ちがいいけれど、作法の押し付け、作法のための作法は、それこそが不作法




落ちるとすぐに掃かれてしまうから、落ちたくない気持ちもわかる。応援してあげるよ。頑張れるだけ頑張りなさい




日ごろ世話になっている俳諧仲間の基角(芭蕉の弟子)に詠んだ大高源吾の句、「日の恩や 忽ちくだく 厚氷」。本懐を遂げた源吾の男気が伝わってくる
耳がないとバケットにならないけど、耳があるとサンドイッチにならない。どっちにしても、耳好きってけっこう多い




一年中楽しめる柑橘類は、バナナと並んでカジュアルフルーツの横綱だと思う。道行く人にいい香りも運んでくれる。ただひとつ、落ちる前に獲ってほしい




有名じゃないけど、いなくちゃ困る人って、たくさんいる。それなら、なれそうな気がしない?有名になるためにムリしなくていいし
堀部安兵衛の住居跡は、この旗だけ。乞われて浅野家臣になってわずか5年で討ち入り。いまどきの若者なら転職してるね




訪問入浴って介護する方はすごい重労働。これでは従事者が増えないよ。軽くて折りたたみタイプがあればいいのに。子供の頃の行水みたいでいいかもよ




大きなコッペパンでランチ。お茶とコーヒーもあるし、不満はない。あっ、ランチョンマットに使う袋が風で飛んだ。見てないで早く取りに行きなよ




新大橋。シンプルといえばシンプルだけど、どこか味気がない
昔の新大橋がこれ。ゴッホが模写したほど有名な「大はしあたけの夕立」の絵。どうせ造るなら、何百年たっても好かれる橋にしてほしい




「蓑虫の 声を聞きに来よ 草の庵」。芭蕉庵跡。浪士たちがこの前を通ったのは、芭蕉が奥の細道の旅に出た8年後だった




芭蕉庵の近くにある萬年橋。人気ドラマ「男女七人夏物語」のロケ地だった。小ぶりだけどいい感じのメカ味だしてる




ちょっと清澄庭園に寄り道。♪かもめが飛んだ♪ 肩甲骨がやわらかいのでびっくり。肩こりもしないんだろうな。うらやましい




カモが枝に止まっている、ふうな構図。誰も動かず、ずっと、ただ水の動きに身をまかせている。力入れると疲れるから?




千手観音みたいな枝ぶりの松。こんなに手があっても、正確に使いこなす脳に自信がない
下町なのに、山の手っぽい店。そのせいかお客がいない。場にふさわしい雰囲気って必要なんだ




憂いを含んで、妙にセクシーなキリスト像。こんな目で説かれたら、参っちゃう人もいるかもね



 
永代橋のふもと近く、浪士たちが甘酒粥をご馳走になった乳熊味噌屋の跡。私も甘酒をご馳走になった
筋骨たくましい男性的な姿と評される永代橋。浪士たちが渡った当時は、もちろん鉄橋ではないし、現在より150m上流にあった。富士の絶景ポイントだった




旧築地外国人居留地に立つ、コリント洋式のカトリック築地教会。全部で13のキリスト会派が教会を造ったという。ハコモノが大事なんだ?




聖路加病院の裏手、この辺りに、昔牧場があって、そこの長男が、なんと芥川龍之介。人生って先が読めないからこそ、不安だけど楽しい驚きもある




聖路加病院とその周り、9千坪が浅野家の上屋敷だった。その前を通った浪士一行、きっと涙にうち震えていたと思う
浅野家取り潰しの跡に、中津藩が来て、そこで解体新書も慶応義塾もできた。時代はいつも世の中を翻弄する




「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」。学問に貴賎の違いがあってはならないけれど、いまだに機会平等にならない。ほかはいい、学問だけは平等にして




浅野家上屋敷前で涙した浪士たちは、築地本願寺の前を無言で通り過ぎたのだろうか




脳は見えない部分を補って見るのが得意だけれど、人の心を見るのは不得意かもしれない




こう見ると、江戸時代、圧倒的に人気の名前は「右衛門」「左衛門」だった。今風の名前より、よっぽどわかりやすい
討ち入りの服装、実際にはバラバラだったらしい。そりゃそうでしょ。人生、最後くらいKYでもかまわない




浪士ゆかりの地を訪れる人は引きも切らない。ミーハーでもいい、足しげく会いにいってやってほしい




死んだら、仏前にラベンダーのアロマ線香やアロマキャンドルなんか供えてほしい。オシャレだと思うけど、ムリかな。誰かやって!テラピー効果で生き返ったりして




浪士たちの7割が10~30代の若者だった。今の時代に生まれていたら、こうして手を繋いで年の瀬を楽しんでいたかもしれない。合掌


  1. 2013/12/16(月) 09:31:48|
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京島・押上(2012年10月)

いよいよ京島です。あらためて紹介するまでもありませんが、日本最大の路地の街です。空襲にも、地域住民の必死の努力によって、奇跡的に消失を免れたマジカルスポットです。

当日の朝、前日の大雨と寒さが、ウソのように晴れて暖かくなって。路地特有の湿気とかび臭さもなく、空気の美味しいこと美味しいこと。さっそく特製の京島2・3丁目の街区マップを買って、すべて周るつもりで歩き始めました。ところが、見どころが多すぎて、今いる場所がわからなくなったりもして、時間をロスしたので、まあだいたい周ったかな、といった感じです。とにかく、道が迷路のように曲がりくねっていて、行き止まりも多くて、地図がないと歩けないところです。それなのに、地元の人たちは、狭い路地でも、スイスイと自転車で行き過ぎるんですから、さすがです。なんとか、この地域の特徴である、路地と長屋と猫と植木は堪能できたのでよかったです。

それでも、京島2・3丁目は、東京都の地震危険度ランキングの1位2位を独占していますから、住民の防災意識も高くて、これから本格的な防災対策が講じられていくと思います。この街がどんなふうに変わっていくのか、楽しみでもあります。

京島のあと、北十間川まで南下してから、川に沿ってスカイツリーまで行きました。初めてツリーを真下から眺めました。個人的な感想ですが、東京タワーやエッフェル塔と比べると、シャープで機能的ではあるけれど、優しさや温かみに欠けるかな。

ところで、今回は京島らしさを撮るつもりでしたが、レンズの角度によっては、どこを切り取っても、ツリーが入ってしまいます。今はまだツリーを入れた写真も面白いでしょうが、過ぎたるはなんとかで、いずれ、ツリーが撮影の邪魔になるときがくるのではないでしょうか。それよりも、このあたりでは、どこにいても、ツリーが見える、というか、ツリーに見られてる感覚のほうが強かったです。まるで巨大な監視カメラがあるみたいで。この近所に住んでいなくてよかった(失礼)。また、ツリーは平日なのにすごい混雑でしたが、数百メートル離れるだけで、街は閑散として、錆び色をしていました。タワーのすぐ横に広い水道局の敷地があったり、工場や倉庫も多くて。観光客は多いのに、もったいないです。せっかくの巨大プロジェクトですから、最初から、もっと広域に、せめてスカイツリーを中心に5km周囲をまとめて活性化するくらいのプロジェクトをやってほしかったと思います。

rojist




京島では路地園芸をテーマにした芸術祭を街の路地路地でやっていた





路地の街京島に、いよいよ突入





自己主張しなければ生きていけない生物もあれば、出る杭は打たれる生物もある
まるでピエロの帽子のようだ





このあたりを歩いていると、零細や家内規模の工場にたくさん出会う
女性がどんどんキレイになるのは大歓迎





京島は100年前から吾嬬町だった。いまだに旧名を使っているガンコなお店
看板が左によじれている。ツリーが見やすいように、かな





鉄も石も、ほっておけば錆びる。人間も同じだろう
「ふれあいおじぞう」だって。これまで数え切れないほどの地蔵が生まれたんだから、新しいのがどんどん生まれていいと思う





家なんて、古くても、そう簡単には壊れない





すごいハンサムに見えるんだけど、どうだろ
路地の物干し。もう使われていないのかな?





京島の竹下通り、キラキラ橘商店街。ちょっとくらい狭いほうが温かい
両側の雨どいから流れ込んでる用水桶。いいアイデアだけど、大雨であふれた水はどうなるんだろ





水琴窟のある路地。そういえば向島のあちこちにあった
そろそろ年賀状の準備をしようかな(来年は巳年)





草間彌生さんに見せてあげたい




まるで鏡がいくつも置かれているみたい





違法に小屋が道に張り出している。狭い路地がもっと狭くなる
からだも長屋と同じ。どこか悪くなると、他も悪くなるから気をつけよう





レモン・ポンデローザかな?(間違っていたらごめんなさい) 新しい柑橘系と古い板壁、相性意外といいかも
なにみてんのよ!





ほほえましい。老夫婦が仲良くお買い物。台所洗剤のコマーシャルを思い出した





真ん中の路地を挟んで、6軒長屋が続いている





エンドレスに折れ曲がり、枝分かれしながら続く路地。どこへ行っても生活感がプンプンする





窮屈なツリー
もっと窮屈なツリー





もうすぐクリスマスだね
ツリーの上に監視カメラを付けたら、この街は丸裸になるだろう





店舗併用の長屋も味わいがある





こちらは閉店したのかな
「するな」って。まさか、人間が?「させるな」の間違いかな。1回ならいいってのもなあ





玄関横に巨大腕時計。時刻が正確なのに驚いた





この街で新しいものを探すのはたいへんだ
古くても新しくても、それぞれの役割を果たせばいいと思う





逆さツリーで有名なスポット。風が強すぎてツリーがゆがんでしまった





空の青さと透明感が半端じゃない。宇宙からもはっきり見えるだろう





考えるのはたやすいが、行動するのは難しい。見習わなきゃ
平日なのに。ツリー人気はまだまだ続きそう





目の検査を受けるほうがいいかな
「ササエル」というオブジェだけど。そうかな、支えられてる人のほうが辛いと思う





小さな船でなら、「都内の水路を全部巡ろう」なんてツアーができそう
大横川親水公園の長~い釣堀。本来の使命を終えても、別な形でみんなに喜ばれているのを見るとうれしくなる





お母さん、こういうときくらいスマホをやめて一緒に遊んであげたら







  1. 2012/10/30(火) 16:29:26|
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墨東綺譚の世界(2012年5月)

永井荷風の『墨東綺譚』の世界を訪ねてきました。舞台は赤線の町、戦前の玉の井と戦後の鳩の町です。一部に、タイル貼りの建築物を見かけるくらいで、景観的には、当時の面影はあまり残っていません。両者に共通するのは裏通りにしては、飲み屋が多いことと、路地のネットワークが濃密に巡らされていることです。それもすごく感動したかといえば、期待したほどでもありませんでした。私のような無粋な一般人にはあまり縁のない世界なので、よく伝わってこなかったのかもしれません。

むしろ、三囲神社は期待以上でした。名前が似ていることから、三井家が守護神としています。境内に大きな三越ライオンの像があるのが、ミスマッチ過ぎて笑えます。また三角鳥居などがフリーメーソンと関係があるかも、といううわさがあるのも楽しめます。知らなかったので、よけいにエキサイトしました。

rojist





通りの南側が戦前の赤線、北側が戦後の赤線だった

玉の井の満願稲荷。タワシでやさしくさすってみましたが・・・



 

初めて見た交通標識。さすが路地の多い東向島

地震による建物倒壊危険度のワースト3に入る墨田3丁目。でも味があるなあ






路地では人間様より猫のほうが偉そうに歩いている




「店頭に付き」なに?



 

野菜に占拠された路地

スーパーマーケットの巨大なダクト。何を排気しているのだろう




回収箱も多国籍化する時代




出た!路地の街の常套文句「車ぬけられません」。スナックのドアも「開けられません」




意味的には「電脳遊場」の方が正しいと思うんだけど?どうでもいいか



 

この店がお客でにぎわった時を想像したけどムリだった

廃屋のような空家が多いのは更地にするにもお金がかかるからかもしれない




東向島名物といえばこれ!植木の水遣りにも非常時の貯えにも安心



 

止め石ひとつあれば、壁も扉もいらない。日本の伝統(向島百花園)

見ているだけで酸っぱくなってくる



 

たんぽぽの綿毛が耳に入らないように気をつけてそーっと

東向島では、あちこちの路地琴がいい音を奏でている




道路と段差のある玄関。路地には珍しい




落ちてしまった地蔵坂の「蔵」をつければ、繁盛しそうな気がする



 

注文を受けてから茹でて、たっぷりきなこをかけて。あっつあつ

ガリバーの吉備だんご




空襲で焼け出された玉の井の人たちが鳩の街に流れて来た。その後、売春防止条例(1958年)が施行されるまで「カフェー」の名前で営業していた



 

路地の街 猫より多い ペットボトル

下町ではこういう換気扇のダクトが主流みたい




下町のおばちゃん。ファッションじゃ大阪のおばちゃんに負けてない



 

向島には料亭街を影で支える人たちがいる

「言ちゃん」って気軽に声をかけるほど、敷居は低くないんですけど



 

妖しさをかもし出す料亭街の路地

節電の夏。ビジュアルな工夫もいかが



 

料亭街の蕎麦屋はさすがにいい仕事をしている

すずめのお宿



 

目尻の下がった温和な表情を、ここいらの職人は「みめぐりのコンコンさんみてえだ」と言ったそうな(三囲神社)

黒光りする廊下を見ると歴史脳が熱くなる




三囲神社の三角鳥居と三つ穴灯篭はフリーメーソンとの関係が囁かれている



 

団塊世代が子供の頃、子供用の椅子なんてなかったけど、母親は3人くらい乗せてふつうに走っていた

三囲神社から三方向を樹木で囲んでツリーを撮ってから遊んでみました
  1. 2012/06/04(月) 09:15:45|
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